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「最近、春の音が生きてるわね」
ある日、演奏に厳しい母親からそんな風に言われ、高校生の春は面食らった。数回瞬きをしてから、ほっとして楽器をおろす。
「そう思う?」
「ええ。少しずつ変わってきている気はしてたけど、最近特に。生き生きとしてるの」
「そっか……嬉しいな」
自分の音楽に対する賞賛は、いつも春を満ち足りた気分にさせてくれる。普段から鋭い眼光の母親も、春が顔を綻ばせたのを見て目尻を緩ませる。春は心から愛おしく感じて、自分の楽器にそっと指を滑らせた。
これはきっと、あの子のおかげだ。
春は、物心がつく前からヴァイオリンを習っていた。
それは音楽の教員をしている母親の教育方針だったが、春にとって毎週のレッスンはかなり重荷だった。放課後も、家で母親が練習を監視する。そのせいで春は、幼少期に友人たちと満足に遊べたことがなかった。そしてヴァイオリンとだけ向き合うように育てられてきた春はそのうち、自分が人と関係を築くことが苦手だと気がつく。
深く親しい間柄の人もいない、ひとりじゃないのにひとりぼっちのような気がする毎日、ヴァイオリンにもそこまで大きな想いを抱けない。何事も楽しめなくなっていた春はあの日、母親に連れられてなんとなく他の教室の発表会に足を運んだ。
そしてそこで、貫井涼香の演奏に出会った。
正面から音符と向き合い、キラキラと音の粒が煌めくような奏で方をする涼香。それは春には到底考えらない音色で、思わず聴き惚れてしまった。
あの子のように弾きたい。
ただ弾くことを楽しみたい。
その一心で楽器と対話を重ねてきた今日までの日々。ヴァイオリンと向き合うことで、孤独すらも感じなくなってきたこの頃。
春は今さっき母親にもらった言葉を噛み締め、自分があの少女、貫井涼香に少し近づけたような気分になる。
改めて持ち上がる口角。楽器をもう一度撫でてから、遠い記憶に思いを馳せる。
あの子の演奏を、またどこかで聴けたりしないだろうか。
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