箱庭の救世主

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 金木犀の匂いが近づくと、私は秋の到来を感じる。  化粧品などの金木犀の香りを堪能できる商品の発売予告を見て、「ああ夏が終わるんだな」と心で思う。段々と風が冷たくなり、太陽が頑張ってアスファルトを照らしてくれていても半袖だけでは過ごしていけない気温が多くなるにつれて秋を感じる。  夏が終わったと思ったら、秋など感じられずにさっさと冬に移り変わってしまう最近の日本の四季。もはや四季ではなく、三季なのではないかとも疑ってしまうほどの短き秋だが、その存在は季節の品々や木々の色合いによって忘れられないでいる。  秋は儚い。だから私は秋が好きだ。桜が綺麗な春よりも、活気に満ち溢れた夏よりも、しんしんと雪が降る冬よりも。私は儚い秋が好きだ。  だからこれほど悲しい気持ちになったことは無い。  目を覚ました時、私はまだ夏の部屋にいた。海やプールの冷たさを求めて人々がはしゃぎ、花火や祭りなどド派手に色に染まった夏の部屋に。  うだるような暑さが私の体をじわじわと蝕む。フィクションみたいにスーッと一筋の汗が流れてきらりと輝くなんてものは存在しない。ノンフィクションは汗を拭ってもダラダラと汗が額から吹き出す。額だけじゃない。全身からダラダラと汗が流れ、服と皮膚がべったりとくっついて気持ち悪くなる。  むくっと体をベッドから起こすと、両足を床に付けた。フローリングが少し生温かい。扇風機だけではこの気温には対抗できそうになかった。  カレンダーには過ぎた日にバツ印が付けられている。ということは今日は8月16日。 「夏だ」  私は静かに呟いた。外から聞こえるミンミンゼミの鳴き声で、掠れた声はほとんど聞こえない。けれど本人にははっきりとそう言ったことが分かっていた。
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