箱庭の救世主

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 私はまた夏の部屋にいた。夏の空間に、夏の時間に私はまた存在している。秋ではない。冬でもない。春でもない。夏だ。私はまた夏真っ只中の時間を生きていた。  エアコンを求めて一階のリビングに入ると、冷房で体温が下がる。汗をかいているから少しだけ肌寒く感じた。適当にティッシュペーパーで汗を拭うと、ポイッとゴミ箱に捨てた。  ソファでは母親が横になってテレビを眺めていた。少し盛り上がった腹の上ではコーギーのモクがすやすやと眠っている。 「あ、おそよう」  私はこくりと頷いて返事を済ませた。食器棚からコップを二個出し、ミネラルウォーターを注いだ。 「夏葉(なつは)、私にもー」  私はスッと母親に注いでおいた水を渡す。母親は少しビックリした顔をしてから「気が利くじゃん」と言って体を起こした。その反動でモクも目を覚ます。私は特に返事もせずにダイニングテーブルに腰掛け、テレビでやっている見慣れた映像を見ながら水を飲んだ。 「やる気ないなー。夏葉、今日お昼作ってよー」 「起きてきたばっかりなんだけど」 「あと夜もお願い」 「無理」 「ケチ。いいじゃん、たまには作ってくれたって」  母親は口を尖らせながらブーブー文句を言うが、私は「宿題あるから」と話の途中でリビングを出ていった。リビングを出た瞬間、もわんと暑さで階段を上るのが億劫に感じられる。まだ冷たい水を片手に何とか自室に戻ってくると、窓とドアを全開にして勉強机と向き合った。  ノート束から一番上に乗っていた真っ黒の罫線ノートを手に取り、一ページ目を開く。何度も開いた記憶があるこのノートには開いた形跡がなかった。前に書いたものは全て真っ新に消されてしまっていた。それも当然か、と私は忘れられない記憶を書きなぐっていく。
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