箱庭の救世主

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 私は自嘲すると、ペンを握る力を弱めた。手は少し汗ばんでいた。また皮膚と服がぴったりとくっついている。気持ち悪い。  夏は嫌いじゃない。私の名前にも夏という字が入っているし、誕生日も夏だし。夏には沢山の思い入れがある。甘酸っぱいものから苦いものまで。全て大事な思い出だ。  けれど、もう十分だ。もう十分私は夏を堪能した。だから早く次の季節に進みたい。紅葉が綺麗な秋を、食欲をそそる秋を、あっという間に終わってしまう儚さを持った秋を。一番好きな季節を前にして死ぬことが、一体どれだけのストレスか知っているのだろうか。  知らないだろうね。だって死んだことなんて無いのだから、普通は。  残った水を飲み干しても、体の渇きは収まらなかった。もう一度水を注ぎに行くか。私が椅子から立ち上がると、その反動でコップが地面に落ちた。パリンと嫌な音がする。地面に飛び散った無数の破片に、私はしゃがんで手を伸ばした。チクリと痛みを感じて反射的に距離を保つ。  指先から垂れる真っ赤な血がどんどん手の皺に流れ込んだ。私はその真っ赤な小川を見て、フッと笑った。  いつからだろうか。この痛みに泣かなくなったのは。小さい時は転んだだけで泣いていたのに、今ではすっかり何とも思わない。慣れたからだろうか。何度も転んで、何度も怪我をして。その回数が重なる度に私は一つ強くなっていく。  だからこんな小さな痛みにも涙を流さないし、何も感じないのかもしれない。  なら、何度も死を経験した私はもう死ぬのが怖くないのだろうか。  かもしれない。怖さなんて感じない。
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