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彼者誰時6
「あれ? 陽咲? 何でここに?」
「なんでって……。変な事言わないでよ。あっ、私そろそろ行かないと。じゃあね。蒼汰」
そう言って陽咲は背を向け歩き出す。
「えっ。ちょっと待ってよ! 行かないでよ! 陽咲!」
必死に手を伸ばす僕だったがその背中は止まる事無く遠ざかって行く。
「陽咲!」
そう大声で叫びながら顔を上げた僕は、自分の置かれた状況を理解するのに数秒かかってしまった。辺りは静まり返り頬は濡れ、テーブルの上には食べ終えた弁当と空のお酒缶。
「夢……か」
遅れてやってきた嘆息を零し、僕はテーブルへ再度突っ伏した。意識せずとも呼吸するようにもう一度零れる溜息。たまに見るそれは僕にとっては悪夢なのかもしれない。見ている時は幸せでも、起きた時はそう思う。夢の中で陽咲をより現実的に感じる分、目覚めた時の落差に心が軋む。
「はぁー。陽咲。僕は一体どうしたらいいんだよ」
仕事に行って、帰宅して、弁当とお酒を呑んで、寝て、また仕事に行く。ここ最近の僕はまるで決められたタスクをただこなすだけのロボットの様にそれを繰り返している。その中に数日に一回、お墓参りが加わるぐらいだ。
皮肉にも僕は彼女が居なくなってしまってから、自分がどれほど彼女を愛していたかを改めて知った。自分がどれほど彼女を愛して、自分の中心に存在しているのかを改めて。
だけどもう彼女はいない。それが事実で現実だ。これまで何度、それを実感しては溜息を零したか。あの日を境にそこまでお酒を呑むタイプじゃなかった僕も毎日のように酔うようになった。酔って現実を忘れるようになった。アルコールは僕にとって麻酔だ。苦しくて辛い状況を忘れさせてくれる。少しでもこの気持ちを忘れたかった。でもそれは単なるその場凌ぎ。それは僕も分かってる。それは分かってる。でも今の僕にはそれ以外に抵抗する術は見つからない。
そして僕は今日も一人ベッドに入り淋しいく眠りについた。
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