死んだ肉屋

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きっかけは、仲間と共に起こした些細な強盗未遂だった。路地裏に迷い込んだ裕福そうな外国人観光客を襲い、金品を強奪しようとしたのである。 その観光客は子連れの父子だった為、子供を脅迫の材料にすれば失敗するはずないと踏んだのだ。 路地裏はただでさえ入り組んでいたが、加えて不法投棄された廃棄物、特に飲食を扱う露店から出た動物の死骸の山などがそこかしこで道を塞いでおり、行き止まりが複数箇所存在していた。 袋小路に追い込んでしまえば、悲鳴をあげようとも誰も助けに来ない。そこで身ぐるみ剥いでやろうと企んだのである。 そこに良心の呵責は存在しない。肉食動物は群れから草食動物がはぐれた瞬間を好機と捉えるだろうし、弱者や幼い子供を狙うの極めて理に適った自然の摂理と言えた。 共に狩りをする仲間は友人とは呼べなかったが、確実に獲物を仕留める為には必要不可欠な存在であった。二人がかりで哀れな親子の父親の方を鈍器で殴り付け、財布の中身や身につけた貴金属を物色し、奪おうとした。 子のほうは抵抗する素振りも見せず、恐怖におののきながら父親が暴行される様をただただ泣きじゃくりながら傍観していた。 そいつは私よりもわずかに年下の様だったが、私自身も世間一般ではまだ少年と呼ばれる年齢で、そいつ位の年の頃にはもう既にこの路地裏で泥水をすするような生活を送っていた為、その姿を見ていて急激に怒りがこみ上げて来たのである。 高級そうな服装。不自由の無い生活をしてきた事が一目で分かる、その顔、その表情。 私は我慢が出来なくなり、そいつの胸ぐらをおもむろに掴むと、思い切りその顔面に渾身の一撃を叩き込もうとした。表現出来ない感情の昂りが、突発的に身体を動かしたのであった。 だがその試みは虚しく不発に終わった。私の拳がそいつの顔面に届くことは無く、代わりに私よりも二回りも大きな拳が的確に私の頬を捉え、私の全身は見事に宙を舞ったのであった。 見上げる月明かりを遮りながら姿を現したのは、山のような大男であった。私を殴り付けた人物。その男が、肉屋であった。肉屋との最初の出会いである。
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