死んだ肉屋

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突然現れた肉屋にしこたま殴られた私たちは、そうしてその強盗計画を失敗したのである。 だがその後私は、不思議な事に警察に突き出される事は無く、この肉屋に食事をあてがわれ、私の身の上を知った上で、結果的に露店の従業員として受け入れられたのである。 生まれて初めて手にした、真っ当な職業。 不思議な縁だが私はそれを機に、露天商の手伝いと言う、これまでとはまるで違う生活をし始めたのであった。 別に足を洗っただとか、反省して心を入れ替えた等の想いは微塵も無かった。ただ今までとは違うやり方で想像以上の生活の糧を得られた為、より楽な方を選択しただけである。 だが少なからず肉屋は私に変化のきっかけを与えてくれたので、その事に感謝はしているつもりである。 そんな肉屋との出会いを思い出しながら、私は今、人通りの無い夜の表通りを一人で歩いている。 目の前では放置されたのぼりが夜風にあおられバタバタと虚しく音を立てている。それまでは行き交う人々の声にかき消されて聞こえなかったはずの音が、今は耳障りな程鮮明に響いている。 私は、死は結果に過ぎず死んでしまったらそれで終わりだと思っている。死者は何も物を言わない事を、よく知っているつもりである。だから恨みを抱えて死んだ人間が化けて出る、などあり得ないと思っていた。 だが。だがである。 それでも私は、確認したいと言う衝動を抑えられなかった。肉屋の事を。肉屋が決して私に見せなかった、彼の所有する保管室の中身を。
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