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「君の希望する条件だと、この契約は難しい」 東京支社のオフィスで、一ノ瀬流通グループの顧問弁護士が言った。 「この契約だと、事務所の取ってきた仕事に許否は出来ない。 大学を休みたくないっていう希望も、無理だろう」 「じゃあ、辞めます」 「提案だが、一ノ瀬グループが新しく作る事務所と契約しないか?」 「どういうことです?」 「うちの事務所と契約して、プロジェクト毎にシュガーに業務を委託する。 これなら、君の希望に沿わない仕事は許否出来る」 「向こうのメリットは?」 「一切の経費はうち持ちだから、儲かった分のギャラを一定の割合で受け取れる」 「こっちが損なんじゃないですか?」 「うちは芸能界に詳しくない、そこはシュガーに任せる。 新会社は、君の経費管理を受け持つ」 「俺が売れないと大損ですね」 「一ノ瀬社長は、聖苑さんが自分でプロデュースするなら資金を出すと言っている。 彼女が新会社の社長になって、ビジネスを経験するいい機会だと喜ばれているんだ。 サポートに、社長室の社員がつく」 「怖いです」 「一ノ瀬流通グループは上場してないから知名度はないけど、責任ある企業だ。 食品卸会社を中心に、ホテル、ショッピングモール、外食産業などグループ全体で1千人の社員がいる。 契約社員やパートタイマーを含めれば、3千人を雇用しているんだ。 新会社は100%出資の子会社になるから、君一人くらい余裕で面倒見るよ」 田中マネージャーが、聖苑に本物のお嬢様だと言った意味が解った。 我が家は、それほど裕福ではない。 そのうえ俺の下に、高校生の弟と妹がいる。 二人が進学するとなれば、家計が苦しくなるのは確実だ。 俺がいくらかでも稼いで、親の負担を減らしたい。 「お願いします」 「それでは本社に戻って、作業を進めて行きます」 …… シュガー・エンターテインメントと一ノ瀬グループの話し合いは、企業同士の利害を調整して完了した。 一ノ瀬流通グループの子会社は聖苑の名前からガーデンズオフィスと名付けられて、品川にある東京支社に所在地が置かれた。 ビルの一角にオフィスが用意されて、俺は契約モデルになる。 社長は一ノ瀬聖苑、社員は以前に同行してくれた中園陽菜が指名されて、スタートすることになった。
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