隣の席の野上くん

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   あたしには、まだ想いを伝えたりはしていないけれど、とても大好きな人がいる。  想いを伝えたいとは思うけれど、現状が十分幸せすぎるから、まだ、この気持ちは心の中にしまっている。  どうしてかというと、あたしの大好きな人は、今学期からあたしの隣の席にいるからだ。  中学三年間同じクラス。バスケ部の彼はバド部のあたしと同じ体育館を使用していて、部活中もすれ違ったり話をしたり、何かと接点がある。そんな日々の積み重ねで、あたしの中の彼への気持ちは毎日毎日膨らんでいった。  それだけでも十分幸せだったのに、隣の席という更なる奇跡に、あたしは歓喜に震えていた。 「……早坂(はやさか)、教科書見して」  授業が始まって数分。そっと隣から聞こえてきた声に、あたしは思わずガタッと椅子をズラしてしまう。静かな教室にそれは大きな音となって響き、先生の視線がすぐにあたしへと向けられた。 「早坂どうした?」 「え、あ……」  突然の出来事に、あたしが戸惑ってしまっていると、野上(のがみ)くんが立ち上がった。 「先生、俺教科書忘れちゃったんで、早坂さんに借りますね」 「ああ、そうか。早坂、一緒に見せてやってくれ」  先生はすぐにそう言うと黒板へと向き直った。 「ごめん、ってことで。借りるな」  椅子に座り直すと、野上くんはあたしが開いていた教科書をあたしと自分の机の間に置いた。教科書に置いた右手は、あたしの左肘に触れそうなくらいに近くて、一気に全身が熱くなってしまう。  すぐそばまで近付いた野上くんの横顔を、一瞬だけチラリと見る。  無理。近すぎて無理。  あたしは身動きが取れずに固まったまま、授業も全く頭に入らないであっという間に時が過ぎてしまった。
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