泥水で酔う

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泥水で酔う

「ぷはぁー」  めんどくさいこと、嫌なこと、全部から逃げて新たな居場所を探す。 キャスター付きのバッグを引っ張って、聳え立つ鉄とガラスの箱を見上げた。  夕暮れ時にやっと自宅に着く。先月頃から1人で住むこの家。1人にしては広すぎるワンルームは、殺風景に私を抱き締め、首を絞め、苦しくなる。  そんな私にも、少しだけ休める時がある。 帰り道にコンビニで買ってくる発泡酒。 ちょっと今日は、嫌なことが多すぎたし、あまり買わないお高いものを買っていくか。なんて手にした麦酒。 「ただいまぁ」  誰もいない部屋の玄関を開けて靴を放り投げた。後ほど綺麗に入れればいい。地面を転がして持ってきたバッグを玄関の近くに置いて、何も考えずに風呂に入る。  適当に洗って、投げやりに流して、面倒くさそうに拭いて、ドライヤーから出る熱風をただ仕方なく浴びる。  ふと、日中に起きたことを思い出した。 仕事先での同僚の嘲笑う目と、私へ向かない足先。鼻にかかる声、蔑む笑い声が鼓膜を突き破った。  思いっきり頭を振って全てを吹き飛ばす。 急に動いたせいで目の前が白く倒れそうになる。それが案外心地よかった。  急いで、買った酒を床に広げる。 晩酌の始まりだ。 思いっきり乾ききった体にアルコールを流し込む。 先程の変な目眩と、アルコールによる宙に浮く感覚。眠くなる目。ぱっちりと開く瞼。胸の奥が熱くなった。  いつもは閉じている部分が開く。  酒の力を借りて、心が軽くなった。背中に羽が生える。 火照った体を癒す名目でベランダへ向かった。 遠く見える黒いアスファルト。 該当に照らされて、糸のように地面へ落ちる雨。 あそこへ行きたい。 体が浮く。全ての風を全身で浴びる。 今までになく自由で、滑稽で、熱くて、痛い。 地面に着いた。 何かが壊れる音がする。 頭がぼぅーっとしてくる。 口に入る土混じりの水が私を夢へと誘ってくれた。  冷たくなった体で飲む泥水。  人生で1番自由に酔った。
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