15話:教育実習生

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15話:教育実習生

<side:澪>  お昼休みの屋上で、私は合唱部の友人である舞衣ちゃんと部長の香織先輩と一緒にお弁当を食べていた。 「うちのクラスに来た実習生、超イケメンだったよ〜。でも澪のクラスも格好いいよねぇー。なんかもう、イケメンパラダイスじゃん!」 「うん! 二人ともすごく格好いいね」  部室でのイケメン乞いに効果があったのか、私のクラスも舞衣ちゃんのクラスにも、素敵な実習生がきてくれた。  私は自己紹介で聞いた実習生の名前を心の中でそっとつぶやく。  ーー神崎 翡翠さん。  なんて、綺麗な名前なのだろう。  宝石の名を息子につけた彼のご両親は、きっとロマンチックな人なのだろう。  ホームルームの時間にクラスみんなで相談をして、実習期間中は彼のことを『ヒスイ先生』と呼ぶ事にした。  そんな今朝の出来事を思い返しながら、私は好物のだし巻き卵を頬張る。 「澪は早速、運命的な出来事があったらしいんですよ。香織先輩!」  舞衣ちゃんが声を弾ませて、私の今朝のホームルームの出来事を香織先輩に報告する。舞衣ちゃんとは休み時間にばったり廊下で会って、互いの教育実習生について情報を交換済みだった。 「どんな事があったの?」  香織先輩が笑顔でこちらを見る。  私は照れて額をかきながら、『ヒスイ先生』との朝の様子を思い浮かべたのだった。  * 「これから二週間、実習期間中はこのクラスの副担任として一緒に勉強させて頂きます。神崎翡翠です。教科は国語です。宜しくお願いします」  そんな挨拶の後、特に女子たちから歓声と拍手が湧き起こった。  隣に並ぶ担任よりも彼はずっと背が高く、黒のスーツ姿がそのスタイルの良さを際立たせている。短髪でサラサラと流れる黒髪も、爽やかな印象を与えていた。 「ヒスイ先生! 好きな食べ物はなんですか?」  彼の呼び名が決まるとすぐに、女子たちから質問タイムが始まった。 「えっと、好きな食べ物はコーヒーとプリンです」  ーーえ?  周りが「プリンとか可愛いー」と騒ぐ中で、私は驚きで思わず椅子から立ち上がりそうになり、なんとか誤魔化し座り直した。  それは以前、舞衣ちゃんと話をしていた自分の好きなタイプと細かな点が一致していたからだ。 「プリンは、卵がたっぷり入った濃厚なやつで、ちょっとご褒美的な……」  続いたその言葉に、今度は瞬間的にもう立ち上がって声に出していた。 「卵たっぷり高級プリン!」  ご褒美スイーツとして、テスト勉強などを頑張った時に購入している私が大好きなプリンだ。以前、家族の誰かに食べられてしまった事があり、それからは奥の方に隠すようにしている。けれど不思議な事に、その時プリンを食べたのが家族の誰だったのか、結局分からないままだった。両親はもちろん、弟も勝手に食べたりはしていないと言う。  ーーでも、目の前でプリンを食べられていて驚いた事だけは心に残っている。間違いなく、自分以外の誰かが食べているのを目撃したのだ。  学校から帰ってくると先にプリンを美味しそうに食べる誰かがいた。家族以外で、そんな人いるはずもないのに……。そんな思考の繰り返しで、ずっと頭の中がモヤモヤしている。  立ち上がったままでいる私を見て、ヒスイ先生が声を弾ませた。 「そう、それ! 卵たっぷり高級プリン」  そして微笑みながら、「あれ美味いよね。君も好きなの?」と問い掛けてくる。けれど教室の中で目立つ行動などした事がなかった私は、クラス中の視線を浴びた緊張から軽いパニックになってしまった。 「あ……あの、と、突然す、すみませんっ」  焦って着席すると、すぐに他の女子たちから「私もそれ好きー」などの声が上がり、また次の新しい質問へと話題が移っていく。  わずか数秒。  あんなに短い時間ヒスイ先生と目が合っただけなのに。  ーーどうしよう、顔が熱い。  恐らく真っ赤になっているに違いない自分の顔を隠したくて、私はうつむいて頬に手を当てた。 『これ美味いな。すっげー美味い』  瞬間また頭の片隅で、穏やかな低音の声にそう言われたような気がして、私は必死になって自分の記憶を辿る。  ーー思い出したい。なのに思い出せない。  それはまるで、周波数のズレたアナログラジオのように、ザラついたノイズに混ざって時折聞こえてくる不明瞭な声のようだった。  ーーもっと、その声が聞きたい。  心の中の声と、目の前にいるヒスイ先生の声はとてもよく似ているような気がする。 『澪』  そう名前を呼んでくれた心の声の主はいったい誰だったのか。その誰かに思いを馳せると、それだけで鼓動が甘く震えだす。  トクリッ、トクリッと繰り返す心音。  その音は確かに、恋の音色をしているような気がした。 * 「ねー、香織先輩! 澪ったら、完全に運命始まってますよね」  私が朝のホームルームの出来事を話し終えると、舞衣ちゃんが身を乗り出して香織先輩の肩を叩く。 「ちょっと舞衣。お弁当食べれないから」  その勢いに香織先輩が苦笑している。 「私もうちのクラスの実習生と運命始めるから、澪も頑張るんだよ。競争率すごいんだからね! モタモタしてたら、誰かがすぐに告白とかしちゃうんだからね!」  今度は私の肩を叩き、気合いを入れてくれる。 「でも私、目が少し合っただけで……緊張しちゃって」  ヒスイ先生を見つめるだけで、ドキドキして胸が苦しくなる。こんな想いを、他の誰かに抱いた事などない。  たくさん恋を経験している人は、いつもこんなに切ない思いをしているのだろうか。恋愛初心者の私には、心を消耗し過ぎてクタクタになってしまう。  それでも、止める事ができない。  好きという感情は、自分の意思で止められないものなのだと私は強く感じていたのだった。
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