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   パン、と左耳の近くで高い音がした。音の後に痛みが来て、ようやく自分が左頬を叩かれたのだと分かる。  目の前には怒りに満ちた女の顔。  ああ、そうだった。  そうだ。  既視感のある光景にまたかと思う。 「ほんとあんたってサイテーよ!」  もう一度振り上げられた手に打たれるのを待つが、女のそばにいたもうひとりの女がその手を止めた。 「もうやめときなって、こいつに何言っても無駄だから」 「だって…っ」 「時間もったいないよっ、もう行こう」 「…っ、…」  腕を引かれて殴った女は悔しそうにぎりぎりとこちらを睨み上げた。 「死んでよあんたなんか…!」  死んでよ。 「いいよ」  それで気が済むのなら。  いつだって。 「死ぬよ、俺」 「っ──!」  パン、と左頬に痛みが走った。 「馬鹿にして…! っ、なんなのよあんた!」  ぶるぶると拳を震わせながら女は言った。  そして引きずられるようにして、もうひとりの女に連れて行かれる。  馬鹿にしたつもりなどない。  本当のことを言っただけだ。 「めんどくせ…」  理解できないからと相手に暴力を振るうのは間違っていると思うのだが、そう思うのは自分だけなのだろうか。  打たれた頬は熱を持っていた。  特に何とも思っていない。  好きでも嫌いでも、なにもない。  本当にこれっぽっちも──ないのだ。  誰もがその辺の石と同じ。  そもそも今の女の顔も覚えていなかった。  どこで会ったんだっけ? 「……」  はあ、とため息を吐いて店の裏口に引き返した。  まだバイト中だというのに顔を打たれるなんて最悪すぎる。わざわざこんなところに来てまでやらなければいけないことだったのか。  店のスタッフ用の冷蔵庫のどこかに誰かが放置していた保冷剤があったはずだ。  冷やさないと。  もう一度ため息を落として店の中に戻った。
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