動く石像

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 江村謙三(えむらけんぞう)は帰り道を歩いていた。謙三は小学5年生。母は離婚して家におらず、父と2人暮らしだ。父は朝早くから出かけて、夜遅くまで帰ってこない。炊事は父があらかじめ作ってあり、いつも孤独に朝も晩も食べている。毎日寂しい日々を送っているが、必ずいい事が訪れるはずだと願いながら、毎日を送っていた。  だが、謙三の願いとは裏腹に、謙三は毎日のようにいじめられていた。母が離婚して、いないからだ。毎日やめろと言うものの、やめようとしない。先生に話しても、なかなかやめようとしない。どうすればいいんだろう。先生に行って、注意しても意味がないのでは? そう思うと、先生に言う事が無駄だと思い始めた。本当は正しい選択なのに。 「今日も帰って勉強をしないと」  謙三は勉強に明け暮れていた。家計は厳しい。だから、たくさん勉強して、父を楽にしたい。そして何より、豊かな生活を手に入れたい。そのためには、いい中学や高校、大学に行って、優秀な会社に就職しなければならない。そうすれば、きっと父も喜んでくれるし、何より豊かさを手に入れる事ができるだろう。 「はぁ・・・」  謙三はため息をついた。またいじめられるんじゃないのかなと思って、怖かった。いじめられてからの事、帰り道が怖くて怖くてしょうがない。本当に僕は生きていて大丈夫だろうかと思い始めてきた。人生をやり直した方がいいんじゃないかと思い始めてきた。だが、自殺をしたら、父が泣くだろう。だから、生きなければならない。そして、父のために、自分のために頑張らなければならない。 「おい!」  突然、謙三は誰かに声をかけられた。いつものいじめグループだ。どうしよう。また会ってしまった。今度は何をされるんだろう。謙三はびくびくした。 「な、何だよ!」  謙三は下を向いている。彼らの顔を見るだけで、下を向いてしまう。 「お前、こっち来いよ!」 「やめて!」  謙三は近くの雑木林に連れて行かれた。謙三は抵抗したが、数人ではかなわない。誰も助けてくれない。  雑木林の奥に連れて行かれた謙三は、彼らに囲まれて、立ち止まった。 「お前、金持ってるだろ?」 「持ってない!」  謙三は金を持っていない。携帯していると危ないからという事で、父からは持たないように言われている。なのに、どうして持っていると言えるんだろう。そんなのでたらめだろう。 「出さないと殴るぞ!」 「やだ!」  謙三は抵抗した。本当のことを言っているのに、どうして信じないんだ! 俺は持ってないんだ! 「この野郎!」  その時、いじめグループの1人、春幸(はるゆき)が殴った。謙三はすぐに泣いてしまった。父からは泣くなと言われているのに。 「痛てっ!」 「出せよ!」  次第に他の人も殴り出した。持っていないのに、どうして殴るんだろう。 「やだ!」 「もっと殴れ!」  謙三は抵抗した。だが、彼らは殴るのをやめない。 「やめて! やめて!」  その時、何かがやって来た。筋肉隆々の男の石像だ。その石像は、彼らに向かって走ってきた。まるで彼らを狙っているようだ。だが、彼らは全く気付いていない。 「えっ・・・」  突然、石像はいじめグループを殴り出した。石でできているためか、あまりにも強い。そして固い。全く太刀打ちできない。 「痛てっ・・・」  石像は彼らをボコボコに殴った。謙三は呆然としている。まさか、石像が助けてくれるとは。 「ご、ごめんなさーい!」  彼らは逃げていった。そして石像もどこかに消えていった。どうしてあの石像は動くんだろう。ゲームの世界に入り込んだんだろうか?  程なくして、1人の少女がやって来た。同級生の水口信子(みなくちのぶこ)だ。信子は普段から謙三を気にしていて、よく慰めている。まさかここで会うとは。それとも、ここでいじめられているとわかって、やって来たんだろうか? 「えっ・・・」 「だ、大丈夫?」  信子は謙三の傷を気にしている。毎日いじめられていて、彼の体は傷だらけだ。何とかできないだろうか? 信子は気にしている。 「うん」 「よかった」  信子は笑みを浮かべた。信子の尻からはタヌキの尻尾が出ている。だが、謙三はそれに気づいていない。  それからしばらくして、謙三と信子の担任の先生、小野谷(おのたに)が小学校の駐車場にいた。今日の仕事を終えて、マイカーで帰ろうとしていた。家に帰れば、妻が待っている。そして、かわいい子供たちが待っている。  そこに、1人の主婦がやって来た。いじめグループのリーダー、春幸の母、夏子(なつこ)だ。まさかここで会うとは。小野谷は驚いた。 「あら、先生」 「あっ、どうも」  帰ろうとしていた小野谷は立ち止まった。話しかけるとは、生徒に何かあったんだろうか? 「お宅のお子さん、あの雑木林の中で謙三くんをからかってまして」 「またですか?」  小野谷は呆れ、驚いた。またこんな事をやっているとは。全く、懲りない奴らだな。また叱らないと。小野谷は拳を握り締めている。 「はい」 「明日、言っときますんで」 「よろしくお願いします」  夏子はお辞儀をした。だが、小野寺も気づかなかった。奈都子の尻からタヌキの尻尾が出ているのを。  翌日、謙三はいつものように学校にやって来た。だが、いじめグループがいない。どうしたんだろう。だが、それはいい事だ。いい1日を送れそうだ。 「おはよう」  誰かに声をかけられ、謙三は振り向いた。そこには信子がいる。信子は笑みを浮かべている。 「おはよう。昨日、大丈夫だった?」 「うん。でも、昨日のあの石像、何だったんだろう」  謙三はあの石像の事が忘れられない。あの時、僕を救ってくれたのに。ありがとうと言えなかった。ありがとうと言いたかったのに。 「えっ!?」 「石像だよ。石像が僕をいじめてた子に襲い掛かって来たんだよ」  信子は何も知らないようだ。だが、ひそかに何かを知っているような表情だ。 「そ、そんな事があったの?」 「うん。知らないの?」 「うん」  信子はいつもと変わらないふりをしている。 「入れ替わりで信子ちゃんがやって来たんだけどな」 「全く知らなかったわ」  信子は首をかしげた。 「そっか・・・」  と、謙三は信子の尻から尻尾が生えているのに気が付いた。えっ、タヌキ? いや、そんなはずがない。タヌキが化けるなんて、作り話だ。 「ん? この尻尾は? いや。さ、錯覚か・・・」  2人が職員室を通りがかると、怒号が聞こえた。いじめグループが小野谷に怒られている。2人は立ち止まり、その様子をガラスの向こうから聞いている。 「昨日、謙三をからかってたのは本当か? 春幸のお母さんから通報があったんだぞ!」 「ご、ごめんなさい・・・」  あれ? 夏子はこの時間帯、出かけているはずだ。小学校の前を通るはずがない。なのに、どうして小学校にやって来たんだろう。まさか、たまたまここにやって来たんだろうか? いや、いつも通りに帰ってきた。寄り道なんてするはずがない。それに、帰って来た時はいつも通りの表情だった。知っていたら、怒るだろう。だけど、怒らなかった。明らかにおかしい。 「今度、あいつをからかったら済まないぞ!」 「本当にごめんなさい・・・」  だが、春幸は抵抗することができなかった。やった事は確かだ。  と、小野谷は春幸の顔にできた擦り傷が気になった。どうして傷があるんだろう。 「ところで、この傷、どうしたんだ?」 「突然、石像が襲い掛かってきて」  小野谷は驚いた。石像が動くなんて、そんなバカな! 夢でも見ているんじゃないか? 「何バカな事言ってんだ! ゲームの話だろそんなの」 「本当なんだってば」  それを聞いて、信子は笑みを浮かべている。それについて、何かを知っているかのようだ。 「フフフ・・・」  信子は笑い出した。実は信子は化けタヌキの血を引いていて、動く石像も、夏子も、信子が化けた姿だった。その事実を、謙三は全く知らない。それどころか、誰も知らない。
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