妻子が可愛い夫と夫がよくわからない妻

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「お母さま。どうかしましたか?」  エルシーが下から顔を真剣な眼差しで覗いてくる。 「あっ、いいえ。どうもしません。わたくしが、エルシーのお母様で、よろしいのでしょうか?」  するとエルシーは茶色の目をくりくりっと大きく開いた。 「はい。エルシーはお母さまがよいです。お母さまはお父さまが好きな人、ですよね?」  そう問われると、どうなのだろう。  なにしろ、今日、初めて出会った相手だ。二人きりになったのも、先ほど部屋を案内されたとき。 「そうなると、よいのですが……」  これから生涯を共にするのであれば、嫌われるよりも好かれたほうがいい。「エルシーはお母さまのことが大好きです」  真っすぐに言葉にされてしまうと、目頭が熱くなる。思わず、その場で立ち止まった。 「お母さま……。なぜ、泣いているのですか? エルシー、悪い子ですか?」  そう指摘され、オネルヴァは自分が涙を流していることに気がついた。  慌てて、頬を濡らす涙を拭う。側にいるヘニーとリサも慌てる。 「何事だ」  カツカツと響く足音を立ててやってきたのは、イグナーツである。  ヘニーとリサは、さっと身を引いた。 「お父さま」 「何があった?」  エルシーはオネルヴァの手を離し、イグナーツの足にひしっとしがみつく。  彼は娘の肩に優しく手を回しながらも、オネルヴァの顔を覗き込んできた。 「いえ……。なんでもありません」 「なんでもなくても、君は泣くのか? エルシーが、何かしたのか?」 「申し訳、ありません。エルシーは悪くありません。すべては、わたくしが悪いのです」  イグナーツは困って娘を見下ろす。エルシーも父親を見上げるが、首を横に振る。 「あなたもここに来たばかりで疲れているだろう。食事も部屋に運ばせるから、部屋に戻りなさい」 「いえ。大丈夫です」 「大丈夫という顔をしていないから、そう言っている。大丈夫だと言うのであれば、泣いた理由を話しなさい。そうでなければ、ここにいる皆が納得しない」  オネルヴァは涙が止まるように、唇を引き締めた。不覚にも泣いてしまったことで、この場にいるたくさんの人に迷惑をかけている。 「嬉しかったのです……」  その言葉に、イグナーツは眉をひそめた。 「エルシーに好きだと言われて、嬉しかったのです」  だから自然と涙が零れた。誰かに好きだと言われたことなど、記憶のある限り、初めてである。 「初めてでしたので……」 「そうか」  呆れてしまっただろうか。  オネルヴァは恐る恐る顔をあげた。彼は困ったように目尻を下げている。  ずきっと胸の奥が痛んだ。なぜ、胸が痛むのかもわからない。 「エルシーを受け入れてくれてありがとう。俺にとってもかけがえのない存在だ」 「わたくしのほうこそ、エルシーと出会える機会を作っていただき、ありがとうございます」  右手にあたたかくて柔らかいものが触れる。 「お母さま?」  エルシーが満面の笑みを浮かべている。 「ありがとう、エルシー」  エルシーはもう片方の手でイグナーツの手を握りしめた。 「エルシーは、こうやってお父さまとお母さまと手をつなぎたかったんです」  うふふと声をあげている。  イグナーツは呆れたように鼻で笑った。 「では、このまま食堂に向かおうか」  エルシーを真ん中にして、その両端にはイグナーツとオネルヴァ。端から見たら仲のよい親子に見えるだろう。むしろオネルヴァは、そう見えることを願っている。そして、そう思っている自身に、戸惑いを覚えた。
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