534人が本棚に入れています
本棚に追加
案内された食堂には、翡翠色のテーブルクロスがかけてあるダイニングテーブルが真ん中に置いてあり、その周りに赤銅色の椅子が並べられている。天井も高く、解放感に溢れている。
イグナーツがさっと椅子を引いた。オネルヴァは驚いて彼を見上げるが、どうやらそこに座れという合図のようだ。彼からこのようなエスコートをされると思っていなかっただけに、驚きと嬉しさが心の中で交じり合う。オネルヴァの席はエルシーの隣である。
「お父さま。エルシーも」
どうやらエルシーもイグナーツのエスコートを望んでいるらしい。微笑ましいその姿に、つい目を奪われてしまう。仲睦まじい父娘の関係に、オネルヴァの入る余地はあるのか。いや、この関係に自分が入ってしまっていいのだろうか。
イグナーツは、オネルヴァの右隣り、九十度の位置に座った。
オネルヴァがテーブルの上のナプキンを取り膝の上にかけると、エルシーが真似をする。
その仕草も可愛らしいのだが、オネルヴァは何か言いたそうに長く彼女を見つめていた。
「言いたいことがあるなら、きちんと言葉にしなさい」
イグナーツの言葉に、オネルヴァは身体を震わせる。
「あ、あの……」
なぜか身体に力が入ってしまう。何か言葉にすると、打たれるのではないかと身体が覚えているのだ。
イグナーツは怪訝そうに目を細くした。
「もしかして。エルシーのことか?」
「あ、はい……。ナプキンのかけ方が気になりましたので……」
彼女の言葉の最後は、消え入るようだった。
イグナーツは、眉間に皺を寄せる。
「君さえよければ、エルシーにそういったマナーを教えてもらえないだろうか?」
思いがけない提案に、オネルヴァははっと顔をあげる。
「俺たちだけでは、どうしても甘やかしてしまってな。家庭教師をつけてはいるのだが……」
言いにくそうにしているところから察するに、家庭教師との相性がいいとは言えないのだろう。
「君がこうやって食事のときに指導してくれたほうが、エルシーも言うことを聞きそうだ」
彼の口元が綻んでいるが、視線の先はエルシーを捕えている。
オネルヴァも左隣にいる彼女に顔を向けた。目が合う。茶色の大きな目が、オネルヴァをまっすぐに見上げている。その目尻が和らいだ。
「エルシーも、お母さまに教えてもらいたいです。先生は、怖いです」
しゅんとするエルシーの姿を目にすると、その言葉は偽りのない本心にちがいない。
「わたくしでよければ……」
ほぼ幽閉状態で過ごしてきたオネルヴァであるが、マナーは厳しくし躾けられている。だからこそ、エルシーの怖い気持ちがなんとなくわかった。
ぱっとエルシーの顔が輝いた。それを見たイグナーツも微笑んでいる。
ほわっと周囲の空気が温かくなったような気がした。
それが合図になったかのように、食事が運ばれてくる。
エルシーはたどたどしいながらも、ナイフとフォークを動かしている。
「エルシー。こちらの手は動かさずに、添えるだけにするといいですよ」
オネルヴァがそっと告げると、エルシーも言葉に素直に従う。その様子を、イグナーツが目を細めて見つめている。
なぜかオネルヴァは居たたまれない気持ちになった。
*~*~苺の月二日~*~*
『おかあさまは とてもやさしいです
ごほんをよんでくれます
いっしょにおさんぽをします
おかあさまは おとうさまがすきになったひとです
エルシーも おかあさまが だいすきです
よるになると すこしだけさびしくなります
だから おかあさまといっしょにねたいけれど
おとうさまと おかあさまが いっしょにねるから
じゃましてはだめだと ヘニーにいわれました
おとうさまと おかあさまが いっしょにねるなら
エルシーもまぜてほしいです』
最初のコメントを投稿しよう!