534人が本棚に入れています
本棚に追加
「エルシーは、寂しかったのですね?」
オネルヴァの瞳は慈愛に満ちている。エルシーは、ゆっくりと頷いた。
「寂しいと口にすることは、恥ずかしいことではないですよ? エルシーがよければ、わたくしと一緒に寝ますか?」
「本当ですか?」
「ええ」
「お父さまも一緒に?」
「それは……。旦那様に聞かなければわかりませんが」
オネルヴァと目が合った。彼女の目尻が、和らぐ。
「俺だけ、仲間外れ……」
つい、心の声が漏れ出た。
先ほどもオネルヴァの人参ケーキを食べられなかったため、心の中で悔しい思いをしたばかりだ。
妻と娘が仲良くする姿は、見ていて微笑ましい。だが、そこに夫であり父親である自分が混ざれないのは、仲間外れにされている気分にすらなってしまう。
だが、イグナーツはオネルヴァと共寝していない。
「エルシーとの約束だからな。人参を食べられるようになったら、エルシーの言うことをきくと。みんなで一緒に寝るのも、たまにはいいだろう」
エルシーが間にいれば、オネルヴァに触れなくて済む。そんな考えも、イグナーツにはあった。
それに、露骨にオネルヴァのことを避けるべきではないだろう。エルシーは母親として彼女を認めている。ここで冷めた夫婦仲を娘に見せるのは気が引けるし、イグナーツ自身も、彼女とはうまくやっていきたいと思い始めている。
「よかったですね、エルシー。でしたら、シチューの人参も食べてみましょう」
オネルヴァは、シチューに残されていた人参に気がついたようだ。エルシーは罰の悪そうな顔をしている。
「人参だけでなく、こちらのお野菜と一緒に食べるといいですよ」
むっとしたエルシーは、頑なに口を結んでいる。それは、食べるもんかという意思の表れでもある。
オネルヴァはエルシーのスプーンに手を伸ばすと、シチューをすくう。そこには、一つだけ、小さな人参の塊が見えた。
「エルシー」
オネルヴァが優しく微笑めば、エルシーも観念したのか口を開ける。オネルヴァはゆっくりとスプーンをエルシーの口元にまで運び、口の中へと入れた。
ぱくっと小さな口が閉じる。
その様子から、イグナーツも目が離せなかった。
「美味しいです。シチューの味がします」
エルシーの言葉に、オネルヴァも満面の笑みを浮かべた。
「お母さま、お母さまもお肉を食べましょう」
「え、えと……」
形勢逆転。エルシーが言う通り、オネルヴァの皿には、まだ半分ほどの肉の塊が残っている。
「エルシーがお母さまに食べさせてあげます」
「あ、あの……」
「ね、お母さま」
「エルシー」
イグナーツは、少しだけ声を荒げた。というのも、オネルヴァは明らかに困っているし、その様子がおかしいからだ。
「お父さま。エルシーは頑張って人参を食べました。お母さまはお肉を残しています。お母さまはお肉が嫌いなのでしょう?」
「え、えと……」
オネルヴァは食が細い。それは、イグナーツも気になっていたことだ。
「エルシー。無理強いはやめなさい。オネルヴァは嫌いで残しているわけではないよ。お腹がいっぱいなんだ」
オネルヴァの顔がかぁっと真っ赤に染め上がった。
「お母さまはお腹がいっぱいなんですか?」
エルシーがきょとんとして尋ねると、オネルヴァは恥ずかしそうに俯いて頷く。
「オネルヴァ、無理して食べる必要はないが。君は食が細すぎる。少しずつ食べる量を増やしなさい」
「エルシーも嫌いな人参を頑張って食べます。お母さまは、たくさんご飯食べるのを、頑張ってください」
エルシーの言葉で顔をあげたオネルヴァは「そうですね」と小さく呟いた。
「お母さまがたくさんご飯を食べられたら、エルシーがお母さまの言うことをきいてあげます」
あまりにも真剣な顔でそう口にしたため、オネルヴァとイグナーツは顔を見合わせ、笑みをこぼし合った。
*~*~苺の月三日~*~*
『きょうは おかあさまが にんじんのケーキをつくってくれました
エルシーは にんじんがきらいです
だけど おかあさまのにんじんのケーキは だいすきです
にんじんをたべたら おとうさまがエルシーのいうことをきいてくれます
だからエルシーはがんばってにんじんをたべました
エルシーはおかあさまとおとうさまと いっしょにねたいです
たのしみです』
最初のコメントを投稿しよう!