夫41歳、妻22歳、娘6歳

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 カチャカチャとカトラリーの静かな音が響く。必死でナイフを動かしているエルシーの姿は、見ていて飽きない。  広い食堂の翡翠色のテーブルクロスの映えるテーブルに、イグナーツはエルシーと向かい合って座り、食事をとっていた。 「旦那様、こちらは苦手なものでしたか?」  パトリックがそう声をかけてきたのも、イグナーツのフォークがなかなか動かないからだろう。 「お父さま、好ききらいをしてはいけません」  いきなりエルシーからそのように言葉をかけられて、思わずイグナーツは目を細めた。彼女の口元には、ソースがついている。  その様子を見ていたパトリックは、ぷっと噴き出した。 「ああ。そうだな。久しぶりにエルシーと食事をして、嬉しすぎて喉が通らないんだ。食事はどれも美味しいよ」  慌ててイグナーツはフォークを口元にまで運んだ。  あの件をどうやってエルシーに伝えるか、悩んでいたせいもある。  エルシーは、しばらく会わない間にずいぶんと成長したようだ。食事も一人で食べるし、カトラリーの使い方もよく学んでいる。  だが、好き嫌いをしてはいけないと言った彼女自身が、苦手な野菜を皿の隅に避けていた。それには微笑みすら零れる。  食事が終わり、お茶が運ばれてきた。エルシーの前には、彼女の好きなチョコレートのババロアが置かれる。 「エルシー」  名を呼ぶと、ババロアをすくっていた彼女が顔をあげた。 「新しいお母さまがきてもいいか?」  ポロリと彼女のスプーンの上からババロアが落ちた。慌ててエルシーはすくい直すと、パクリと口に入れる。  そんな彼女の様子をイグナーツは黙って見ていた。彼女が嫌がる素振りを見せるなら、結婚を断る絶好の機会である。  ババロアを噛みしめたエルシーは、にかっと顔中を輝かせた。 「はい。うれしいです」  彼女が嫌がるだろうと思っていたイグナーツは面食らった。笑顔のエルシーに対して、イグナーツの顔はひくひくと引き攣り始めている。 「エルシーは、新しいお母さまが嫌ではない?」 「はい!」  元気よく返事されてしまうと、今までイグナーツだけでは不満だったのかと思ってしまうくらいだ。  寂しい思いをさせてしまったのか。  やはり父親だけでは満たされなかったのか。  瞬間的に、さまざまな思いが、イグナーツの頭を支配し始めた。 「エルシーもお母さまと仲良くなれますか?」  まだ居ぬ母親に、彼女は想像を広げている。  イグナーツは失敗したと思っていた。完全に裏目に出た。イグナーツは、彼女が拒むと思っていたのだ。  二人の家族に割り込む他人。それを嫌がるだろうと勝手に思っていた。 「そうだな。お母さまはエルシーと仲良くしたいと思っているよ」  イグナーツですら目にしたことのない彼女を、勝手に美化して口にした。エルシーの期待を裏切りたくない。となれば、彼女の「新しいお母さま」をこの屋敷に連れてこなければならない。 「お父さまは、新しいお母さまと結婚式をするのですか?」  エルシーに聞かれ、はっとする。  幻の王女をエルシーが母親として望むのであれば、この屋敷に受け入れようと思っていたが、結婚式をどうするかまでは考えていなかった。その辺はあの王と相談しなければならないだろう。むしろ、彼のことだから勝手に決めている可能性もある。  エルシーの瞳は期待に満ちて、きらきらと輝いていた。結婚式に憧れる年頃なのだろう。 「それは……。俺も若くないからなぁ。まずは一緒に住んでから、お母さまの意見を聞いてから考えるというのはどうだろう?」 「わかりました。でも、お母さまも結婚式をしたいと思います。エルシーも結婚式をしたいです」  後方から熱い視線を感じた。チラリとそこに目を向けると、パトリックがニヤニヤと口元を歪めながら立っていた。 *~*~花の月五日~*~* 『きょうは おとうさまがかえってきました  あたらしいおかあさまがほしいか きかれました  それは おとうさまにすきなひとができたあいずです  エルシーは おとうさまがすきなひとと しあわせになってもらいたいです  エルシーは おとうさまのこどもになれて しあわせです  あたらしいおかあさまは エルシーのことを すきになってくれるかな』
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