スイッチ

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 冴梨曖裏(さえなしあいり)は絵に描いたような“落ちこぼれ”だった。  いかにも優等生がしていそうな丸眼鏡を掛けている癖に勉強はからっきしダメ。運動すればぽっちゃり体型も手伝い、怪我や呼吸困難などアクシデントに見舞われる始末。手先も不器用で、特技と呼べるものはひとつもない。  馬鹿、阿呆、ドジ、グズ、あんぽんたん、おっちょこちょい、雑魚、間抜け、鈍間、不細工、木偶の坊、唐変木。受けた悪口は数知れず。  同級生からのイジメ、両親からの失望、テレビに映る才ある者達からの劣等感。  それらに押し潰されそうな心を支えていたのは、高校生になり出会った教師、温田(おんだ)の言葉。 『今できなくたって焦らなくてもいい。成長しない人間などいないんだ。蛹が羽化するように自分のペースでゆっくりと成長していくといい』  曖裏は温田の言葉に従い、できない自分を受け入れた。いつかきっと、自分にもできることが見つかると信じて。  しかし高校三年になると受験や進路で将来に不安を覚え始めた。 「私にもできること……。ダメ。全然見つからない……」  もしかしたらこのまま何もできない社会の役立ずとして生きなければならないのか。  絶望感に包まれたまま、(とこ)に伏せる日々が続いた。
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