現在・前編

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現在・前編

「…… マルコ神父様、いらっしゃいますか」  と、声が聞こえて―― 私の意識は、不意に現実の世界に引き戻された。斜光が門扉から透き通るように足元を這う。教会の外では雨が降っているらしく、ぱらぱらと音が聞こえている。  見渡す限り、灯りと呼べるようなものはほとんどない。その状況と、手に触れる木の感触から私は、今が夜で、ここが懺悔室のなかであることに気付く。  しかし、そうであるならば、それはそれでおかしい―― 教会そのものは、午後五時に閉めてしまうから、そもそも、ここまで暗い教会に人がいること自体が、違和感そのものでしかないのだ。  私は目の前、懺悔者側の部屋との空間を隔てている壁に注目する。壁には互いの声が聞こえるように、十字架をかたどった小窓がある。けれどやはりこの暗さでは、懺悔者の顔を見るには至らなかった。  声の高さから、少なくとも女性ではあるようだけれど―― 。  誰だろう、そこにいるのは。  自分はどうして、こんなところにいるのだろう。 「マルコ神父様」  唐突なその声に、思わず身体が反応する。背筋がびくりと震えあがった。恐怖に近しい不和。  何か自分の知っているそれと、食い違っているような感覚ばかりが先行した。 「…… はい」  私はどうにか声が震えるのを抑えながら、その声に答える。「ここにいますよ―― 続けてください」 「続けてください?」  一瞬、女性の声に焦燥が走ったのが分かった。困惑、動揺と言い換えてもいい。  あり得ないものを前にして、恐怖が身体を占領してしまう感覚。  まさしく今、私が感じているものを、彼女もまた感じているのだ―― と、そう直観する。 「分かりました」  震えた声が語り始める。 「では、話します―― 懺悔します」  真夜中の奇妙な懺悔者は、こうして、いびつで、あるいは不可解な世界の物語を、告白し始める。 「私は人を殺しました。」
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