黒い服の男

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黒い服の男

 お母さんは僕が家から出ることを許さなかった。幼稚園にも学校にも行かせてもらえず、家の敷地内でずっと暮らしてきた。  家はお祖父ちゃんが都内に建てたもので、かなりの広さがある豪邸だった。若いころに起業し、大金持ちになったらしい。でも僕が生まれる前に亡くなったそうだ。  僕にお父さんはいない。お母さんはこの家で、たった一人で僕を産んだのだそうだ。いわゆる未婚の母ってやつだ。恐らくそれが原因で、お母さんは僕を誰の目にも触れさせないのだろう。  と、幼いころの僕は思っていた。でも成長するにつれ、理由は別のところにあることに気づき始めた。  物心つくまでは別段気にも留めなかったことだけど、年齢を重ねていくうちに僕は他の人とは違うことに気づいたのだ。  僕には生まれつき毛がなかった。無毛症と呼ばれるものらしい。それに肌の色も日本人のそれとは少し違っていた。極め付きは両手の小指が欠損していることだ。  こんな見てくれだから、お母さんは僕を家から出さないのだ。  でも、お母さんは優しかった。外に出られない代わりに、いろんなものを与えてくれた。勉強だって教えてもらえた。知識が増えればその分好奇心も大きくなった。  あるとき、僕はお母さんが留守の間にこっそり家の外にでた。もちろんフードをかぶったりマスクをしたりと変装をした上でだ。近所をうろつく程度だけど、とても新鮮だった。  すぐに帰るつもりだったけど、予期せぬことが起こった。見知らぬ誰かが僕の容姿に気づいたのだ。あっという間に僕は大勢の人に取り囲まれた。みんなスマートフォンで写真を撮っていた。誰かが僕のフードとマスクを剥ぎ取った。それでまた大騒ぎになった。ついには動画を撮る人まで現れた。  そこへ通りかかったお母さんは、集まった人たちに喚き散らしながら、僕の手を引き家へ連れ帰った。  夜になるとその様子はSNSにあげられていた。それを見たお母さんは、テレビ番組に出てきそうな田舎の山奥にぽつんと立つ一軒屋へ逃げるように引っ越し、僕と二人で自給自足に近い生活をするようになった。  元々都会暮らしに馴染んでいたお母さんにとって、田舎の生活は苦痛のようだった。それを紛らわせるためにお酒を飲むようになり、やがて酒に溺れていった。  酔っ払うとお母さんは決まってわけのわからないことを口走るようになった。日本各地で起きる地震は某国が起こした人工地震だとか、コロナワクチンにはマイクロチップが仕込まれていて5G通信で操作されるようになるだとか、さらには若いころUFOに拉致されただとか、その中で人体実験を受けただとか、挙句の果てに「あなたを守るためなのよ」と言って泣き崩れ、そのまま寝てしまうのだ。  ただ素面のときのお母さんはいつもどおり優しかった。  その日も縁側に面した部屋で、机の上に並べたノートをはさんでお母さんと向かい合っていたときだ。  その部屋からは山の麓からここまで続くつづら折の道が見渡せた。そこを黒い車が数台、上ってくるのが見えた。  その光景を目にしたお母さんの顔色が変わった。ばたばたとノートを閉じると、家の奥へと向かう。廊下に出てその突き当りまで行くと立ち止まり天井を見上げた。  そこには天井裏の改め口が設けられていた。傍らに立てかけてあった箒でその蓋を持ち上げ、上へと押し開いた。 「さあ、あそこに入って」  お母さんは僕を肩車するようにして持ち上げた。手が改め口の縁に届く。そこをつかみ、お母さんの肩の上に立った。懸垂するように腕の力だけであがろうとするけど、なかなかうまくいかない。すぐにお母さんが僕の足の裏を手で支え、そのまま押し上げくれた。それでなんとか天井裏に入れた。 「いい?すぐにその蓋を閉めなさい。そうしたら、お母さんが声をかけるまで絶対に開けちゃだめ。音も立てちゃだめだからね」  そういい残し、お母さんは縁側のほうへと戻った。  言われたとおり蓋を閉め、振り返る。真っ暗かと思っていたけど、屋根に小さな明り取りの窓があるおかげで辺り様子はぼんやりと窺えた。  そこはただの天井裏ではなく、屋根裏部屋のようになっていた。座布団や毛布があり、ペットボトルの水も箱で置かれている。しばらくはここにいても大丈夫のようだ。  何の説明もなかったので、今は聞き耳を立てるしかなかった。  何台もの車のブレーキの音。大勢の人たちが家に上がりこんでくる。お母さんの声が聞こえるけれど、ここからだとなにを言っているのかまではわからない。続けて男の人の声も聞こえてきた。さらに家中を歩き回る幾つもの足音。それが近づいては遠ざかる。  やがてひとつの足音が、僕がいるすぐ下で止まった。ゴトゴトとなにかを運んでくる音が聞こえたかと思うと、改め口の蓋がゆっくりと持ち上がった。その隙間から男の顔が見えた。僕と視線が合ったと思った瞬間、彼は懐中電灯の光をこちらに向けたので目が眩み、何も見えなくなった。誰かと会話しているような声だけが聞こえてくる。 「発見しました。屋根裏部屋です。ええ。間違いありません。エイリアンの子供です。人とのハイブリッドですよ」  天井裏から引きずりおろされた僕は、黒い服の男たちに取り囲まれていた。
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