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君はある日突然、僕の前に現れて、僕を助けて、僕と婚約すると言ってきた。
僕のことを困ったものを見る目で見たけど、君の言葉から嘘はないし、表情は真剣そのもので、僕を見るピンクの瞳は実の両親よりも、まっすぐに僕に向けられていることが嬉しかった。
「明日の放課後、私について来て。君にやって欲しいことがある」
これは夢ではないかと、当日になるまで何度も何度も自問自答した。
生きる価値のない自分に耐えられず、都合の良い夢をみているのだと。
だから、当日、当然のように君が僕の前に現れたのが嬉しかった。
「これに着替えて」と、馬車で平民の服を着せられて、引きずられるように連れてこられたのが下水道。
カンテラを片手に、悪臭の中でも君は凛と背筋を伸ばして僕を先導する。
「見て。ゴミをよけの金網に、スライムがたくさん引っ掛かっているわ。見える?」
進路の先に檻のような金網があった。
そして、ねばねばしたスライムの群体が、金網にまとわりついて蠢ているのも見えていた。
「あ、うん」
「今はまだ、だいじょうぶだけど。早めにスライムを取り除かないと、下水があふれて、多くの人が困るのよ。雑魚とはいえ素人が手を出せば、スライムに取り込まれるし、金網にまとわりつくスライムをどかせるには、魔法を使えばいいんだけど。金網が無傷で済むに越したことはない」
こんな僕に、丁寧に君は説明してくれる。
周囲の大人たちに罵倒されて萎縮した、僕の小さな脳みそを解きほぐすように優しく語りかけて、静かにピンクの瞳を僕に向けて微笑むのだ。
「これは君にしかできない仕事だよ」と。
「――っ!」
この時の気持ちを、どう表現すればいいんだろう。
全身が心臓のように脈を打って、つま先から脳天まで痺れるような感覚を。君に言われるがままに、魔力をコントロールしてスライムをどかしていったら、大勢の大人たちが喜んで、僕の頭を撫でてくれた。
報酬だと手渡された金貨の重さにびっくりしていると、「これは君の報酬だよ」と言われて、温かいものが湧き水のように溢れてきた。
「あ、初めて笑ったね」
ありがとう。と、この時、僕は君に言えなかった。
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