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「ウィル! スライムの大群をドラゴンの巣穴に突っ込ませて、このまま溺死に追い込むわよ!!!」
君はいつも僕を驚かせて。
「公爵様、どうぞご子息の活躍を認めてください。スライムテイマーごときではございますが、ウィルの手にかかれば国一つ、軽く落とせますわ」
いつの自信満々で。
「ガルーダの契約に成功したわ。これで、世界中のどこにでも行ける。ウィルもガルーダ乗ってみる?」
自由で。
「ウィル、私達の商会を作るわよ。私のバードテイマーの力と、君のスライムテイマーの力があれば、なんだって出来るわ。世界だって変えられるんだから!」
多くの人間が君の元に集っても、僕のことをずっと信じてくれた。
それなのに……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「どうしたの、シャーリー? 暗い顔をしちゃって」
「うん、あぁ。気付かなければよかったんだけど、人や動植物がモンスターになるプロセスが分かっちゃたのかも。うまくいけば、魔物の脅威もなくなるのかもしれないけど」
膨大な資料に埋もれた君は、追い詰められた顔をしていた。
「魔物の脅威がなくなるなら、それに越したことはない?」
魔王が倒されたとはいえ、魔物の脅威は依然として消えない。
雑魚スライム一匹でも、人々の脅威になることを知った僕は、なぜ彼女が苦悩しているのか理解できなかった。
いつも自信満々な彼女が、年齢相応の少女の顔で僕の顔を見上げてくる。
「わからない? 本気で言っているのっ!」
今にも泣きそうな君を助けたくて、「怖い」と震えている君を抱きしめるしか出来なくて、そんな自分が歯がゆくて、僕は選択を間違えてしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「つまり、魔物化は伝染病みたいなものなのよ。世界の不純物が体内に蓄積されると、体内のどこかに核を作り、遺伝子の構造をねじ曲げて存在を変異させる……口で説明すると、なんて単純なプロセスなんだ。ファンタジーすぎて反吐が出る!」
――ドン。
と、机を殴りつける君は、世紀の大発見に強い怒りを感じているのが分かった。
「けど、それって僕たちも、魔物化する可能性があるってこと?」
「ある。けど、免疫が常に働いているから、下手なことをしなければ魔物化はしないでしょう。個人差はあるけど、瘴気とかダンジョンとか、世界の不純物が溜まりやすい場所に行かなければ、人体に影響なんて出ないわ」
いつものように丁寧に君は説明してくれる。
ただいつもと違うのは、君は明らかに怯えてきた。
ピンクの瞳を伏せて、僕の前で世界の神秘を解き明かしている君は、いったい何を観ていたの?
「魔王も神々の使いとされる聖獣たちも、核の突然変異で生まれた存在にすぎない。ただ人間に害を成すか成さないかの違いだけ」
神の視点で物事を語るのに、君の顔は深刻そのものだ。
世界の不純物。
なるほど、魔物を絶滅させるには、世界を滅ぼさない限り不可能だね。
「――つまり、核を取り除くことが出来れば、魔物から人間へと元に戻るかもしれない。例外は魔物同士が交配した二世代、三世代で、彼らは核が肉体に同化しているから助からないけど、予防や治療法を見つけてしまえば、魔物化した第一世代の土台をなくせる。つまり、一気に魔物の数を減らすことが可能なの」
彼女の言葉に、僕は見えない鞭で頬を叩かれたような衝撃が走った。
「驚いた。リリス教の経典だと、悪しき魂に取りつかれて、魔物化したら最後、救済不可能だってあったのに」
そもそも魔物は病人――そんな発想なんてなかった。
しかも、魔物化のプロセスを解明した上で、予防できる・治療できるという、世界を覆すレベルの可能性が提示されて全身が震える。
そんな驚いた僕を、シャーリーは悔しそうな顔で声を荒げた。
「……っ! そうだよ、あのカルト教団が! あ、いや、忘れてくれ」
いつになく感情的で怯えている君は、祈るように指を組んでピンクの瞳になにも映さない。
この時僕は、チャンスだと思ったんだ。
君の理論を証明して、怯える君を周囲から守ることができれば、僕はシャーリーの隣に立てる。対等な存在になれると。
永遠に見上げる存在だった――シャーロット・カートレットを僕の元へと、天から地へと、引きずり下ろすことができるんじゃないかって。
君を抱きしめて、君の温もりを知って、君が一人の少女だと分かって、僕は欲を出してしまったんだ。
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