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「気を付けて帰るのだぞ」
「はい。鬼斗と、鬼十郎さんも」
「私どもの心配までしてくださるとは、心のお優しい方ですね。お別れが惜しいところですが……。どうぞ、お元気で」
鬼十郎の言葉に、鼓美は途端に切なさを覚えた。
100年後。月が蒼く輝く頃に、鼓美が生きている可能性は極めて低い。もう2度と、彼らと会うことはできない。
そう考えると、会ったばかりの相手だというのに、鼓美は胸が苦しくなった。
鼓美は鼻の奥がツンとした。それでも泣きそうになるのを堪え、笑みを浮かべる。
「はい。お元気で」
鼓美に背を向け、鬼斗と鬼十郎が闇に溶けるように姿を消す。
暗闇に紛れて見えなくなったのか、それとも妖怪の力で姿を消したのか、鼓美には分からなかった。
さっきまでの出来事が夢のように心がふわふわしていた。
けれど、鼓美の手には鬼斗の着物の感触が残っている。鬼斗の柔らかい低音ボイスも、鬼十郎の甘い笑みもはっきり思い出せる。
最初に鬼斗を怯えてしまったことが申し訳なくるくらいに、彼らはとてもいい鬼だった。できることならまた会いたい。
だけどそれは到底叶わない願いだと、鼓美はどこかで確信していた。
せめて、ずっと覚えていよう。
「……お元気で」
鼓美は彼らが去って行った方向とは反対に背を向け、真っ直ぐ家に向かって歩を進めた。
了
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