1人が本棚に入れています
本棚に追加
和服姿の男性のようだった。
直立不動で空を見上げていたその人は、鼓美の息を飲む音に気付き、ゆったりとした動きで鼓美を見下ろした。
「ヒッ!」
鼓美は引きつるような悲鳴を上げ、一歩後ずさった。
振り返った男の額には、黒髪の隙間から2本の角が生えていた。
明らかに人間ではないと分かる。
「ほう、人間とは珍しい」
「あ、わ、私なんて食べても美味しくないですよ!」
鼓美はさらに後退りながら言う。
屋根の上で腕を組んで立っている男はキョトンとした顔で、躓いて尻もちをつく鼓美を見下ろしていた。
「食べる? 誰が? 誰を?」
「あああなたが私を……!」
「……。はっはっは。それは面白い話だな」
柔らかい低音ボイスの角を生やした男は、愉快そうに笑った。
鼓美は涙目で屋根の上を見上げる。
「人間は不味いのか?」
「し、知りませんそんなこと!」
「お前が言ったのだろう。自分を食べても美味くないと。あぁ、だが目1《まひと》つ鬼たちは美味かったと言っていたか。……怖がらせてしまったか。安心するといい。俺がお前を食うことはない」
安心しろと言われても、安心できる状況ではないのだが……。
鼓美は今になって、祖父母や親の言いつけを守らずに家を出たことを後悔した。
どうして家を出てしまったのだろう。今すぐ家に帰りたい。
最初のコメントを投稿しよう!