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「我らがいることを忘れるな、という意味もあった。村で悪戯をする者もいたせいか、そのうちに百鬼夜行などと言われ、人間は家から出てこなくなった」
我らを忘れるな。
鼓美には、鬼斗のその言葉に寂しさを孕んでいるように聞こえた。まるで、また人間と妖怪が共存する日が来ることを望んでいるような……。
「でもここにいるのは、その……鬼斗、だけですよね」
「あぁ。皆、家の中で酒を酌み交わすことに夢中なのだ。どうせ悪戯をする相手は家に籠って出てこない。……こんなに見事な蒼い天満つ月だというのに」
鬼斗はまるで、愛おしいものでも見るかのように目を細めて月を見つめていた。
鼓美は、月明りに蒼く染まる鬼斗の角を見た。
あまりにも幻想的で神秘的な月の下で、今ここで鬼と話していることは夢なのではないかとすら思えた。
その時、どこからか鬼斗を呼ぶ男の声がした。
「鬼斗様! このような場所にいらしたのですか! 皆が屋敷の主を探しておいでですよ!」
鼓美は、突然の第三者の声に飛び上がらんばかりに驚き、鬼斗の着物の袖をさらに強く握りしめた。
鬼斗はあっさり声の出所を見つけ出し、真っ直ぐに正面を見据えていた。鼓美も遅れて声の主を見つけ、鬼斗と同じ場所に目を向けた。
月明りに淡く照らし出されたその人は、おかっぱ頭の袴姿で、額には鬼斗と同じような角を生やしていた。彼も鬼なのだと、鼓美は瞬時に悟った。
「……おや、人間ですか」
鼓美に気が付いたその鬼は、珍しいものを見る目で鼓美を見た。
鼓美は今度は恐怖を感じなかった。
きっと、悪い鬼ではないのだろうと思えたから。
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