0人が本棚に入れています
本棚に追加
プシュッ。
九回表ツーアウト。それを確認して、みゆきは缶ビールを開けた。
さすがにもう大丈夫だろう。ホームランを打たれた時は逆転されるのではないかと不安になったが、あと一つ。あと一アウトで優勝だ。
ぐいっと飲むと幸せが広がる。
まさか、阪神が優勝するとは。今年はラッキーすぎる。
三年ほど、恋人がいなかったのが、今年は素敵な彼氏ができた。友達から人数合わせの合コンに呼ばれて出会った。5つ上のサラリーマン。なかなかのイケメンだ。ただ、問題点が一つだけある。
慎也は野球が嫌いなのだ。
「別に野球が嫌いなわけじゃないですよ」
そうは言っていた。
「ただ、球場で応援と言いながら、ヤジを飛ばしたり、酔っ払ったり、ああいうファンは嫌だと思いませんか?」
「もちろん、私も大嫌いです」
思わず、力を込めてしまった。そう、あんなのはファンの風上にも置けない。ファンはどんな時でも選手を応援し、支えるものだ。
「みゆきさんも嫌いなんですか」
思った以上に喜ばれてしまった。そのせいで、阪神ファンだということを言いそびれてしまった。付き合うようになってからも言いづらくて、そのままになっている。いつかは言わないといけないなあ。
あ、セカンドフライ。
うわっ、本当に優勝だ。
みゆきは思わず、拍手した。
ああ、この感動をやっぱり、慎也にもわかってもらいたい。
マウンドに集まる選手たちにそれから、観客席がテレビに映る。ああ、私も行きたかったなあ。平日、どうしても会社が休めなかった。
大きな横断幕を持った人たちが『六甲おろし』を歌っている。うらやましい。
あれ? あのユニフォーム姿、慎也じゃない?
みゆきはじっと、画面を見つめた。
誰かに無理やり付き合わされて、スタジアムに来たのかと思ったけど、ユニフォームにメガホン、それに大喜びしている姿はどう見てもタイガースファンだ。虎キチだ。
なぜ、隠していたんだろう。いや、私も隠しているけど、お互い正直に言っていたら、一緒に応援できたのに。
ちょっと、待って。
慎也が隣のピンクのユニフォームの女性と抱き合っている。慎也は一人っ子だと言っていたし、女性は子供を連れている。慎也そっくりの男の子だ。
そこでテレビの映像はマウンドに戻った。実際に慎也が映っていたのは短い時間だろう。ただ、スローモーションを見ているように長くはっきりと感じられた。
胴上げが行われるのを見ながら、頭は混乱したままだ。
一回、二回、三回。胴上げを見ている間に落ち着いてきた。たぶん、慎也は既婚者、子持ちだ。家族で球場に応援に行ったりするから、浮気相手を野球嫌いから選ぼうとしたんだろう。
六回。胴上げが終わる。私の恋も終わりだ。
こんな幸せな日にこんなこと知りたくなかった。
私はビールを飲もうとして、空になっていることに気づき、握りつぶした。
新しい缶を冷蔵庫から取り出すとぐいっと飲む。苦い、けど、美味しい。
テレビではビールかけまで放送すると言っている。
「そうか、ビールかけか」
最後にもう一度、慎也と会って、別れを告げよう。その時に「阪神優勝おめでとう」、そう言って、ビールをかけようと思った。
最初のコメントを投稿しよう!