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「えっとー、ありがとうございました」
俺はニット帽の彼女にぺこりと頭を下げた。
「い、いえいえいえ、私の方がありがとうございました。す、素晴らしい対応、でしたね」
「いやいや、たまたま。ばあちゃんも同じような感じだったんで」
「そうなんですね、でも、すごい。頼もしかったです。ほんと、あのおばあさんを無事に送り届けられて、よかった」
「そうですね」
おどおどと、俺を褒めてくれる彼女。俺も初対面の女性に褒められて、どういう顔をすればいいかわからない。
どちらともなく、見晴らし橋に戻ろうと歩を進めてはいるが。
「あの、俺は見晴らし橋にバイク停めてるんで戻りますけど……」
「私も、そっち方面なので」
「あ、そうなんですね」
んー、こういう場合は喋り続けた方がいいんだろうか。でもあんまり個人情報に触れるようなことは聞かない方がいいんだろうし。かといって、結構まだ距離はある。ずっと沈黙というのもなあ。
「月、めっちゃ綺麗ですね」
俺はカメラを撮るジェスチャーをした。
「あぁ、はい! もう、最高に幻想的で、三百枚くらい撮りました」
彼女は思い出したように無邪気に笑い、首にぶら下げている立派なカメラをちょこっと持ち上げた。
「さ、三百枚!? すげぇ」
素で驚いてしまった。スマホでピロンと一枚撮っただけの俺からすれば想像できない。
「だ、だって、スーパーブルームーンですよ? 逆に、なぜ撮らない?」
彼女は大真面目に熱弁する。
「なぜって。そうですね、失礼しました」
その口調におかしくなって、笑ってしまった。とにかく写真が好きなのだということは伝わってきた。
「滅多にお目にかかれません。すごいですよね、自然現象って。神秘的です」
彼女は、俺がウケていることそっちのけで、遠い月をきらきらした目で眺めながら続ける。
「ええ、そうですね」
カシャッ。
彼女がふいに俺を撮った。
「え」
「とても素敵な、呆れ笑い顔」
全く悪気のない、照れもない満面の笑顔が俺に向く。
「スーパーブルームーンの日、一緒におばあさんを助けたご縁に、一枚。ダメでしたか?」
俺の中の何かが、ふわりと浮いたような感覚になる。
「い、いや別に、いいですけど。月、月、月、月、俺。で、いいんですか?」
俺は咄嗟に、冗談めかして月と俺を順に指さした。
「もちろんです!」
彼女は少し照れたように、にひっと笑った。
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