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「だって、あんたぐらいよ。ここから持って行く人なんて」
私は絶句する。唖然とする私に彼女は腕をさすりながら、苦笑した。
「それに、ムーコも安心すると思うし」
「……安心?」
「だって、あんたの家、あたしの物で溢れてそうだもの。嗅ぎ慣れた匂いがあるほうが、安心するのが猫ってものだし」
彼女の視線が私の首元に刺さる。私は首元のマフラーに触れた。
寒いわぁ、と女性が体を縮こませ腕をさする手を早める。薄紫のパジャマだけだと、確かに寒すぎる。
「とにかく中に入って。ムーコを紹介するから」
彼女が私の返事も待たずに背を向け、家の中へ入っていく。
他人の家に入るのなんて、何年ぶりだろう。
もう遠い記憶のように思えて、私は一瞬躊躇する。だけど、いつまでも玄関を開けっぱなしにするわけにもいかず、私は玄関を跨いだ。
中には自分と同じ部屋の匂いが漂っていた。まるで他人の家とは思えず、それだけ私の部屋は彼女で埋め尽くされているということなのかもしれない。
廊下は歩く度に、ギシギシと小さく音が鳴った。
「この家も取り壊しになるの。住む人いないし。リフォームして売りに出すと言っても、相当お金がかかるでしょ。解体屋なら知り合いがいるから、そこが安く請け負ってくれるみたいなのよ。それにホームの入居費や今後の生活を考えると、少しは残して起きたいからねぇ」
まだリビングに入る前から、彼女はずっと饒舌だった。もしかすると、ずっと話し相手がいなかったのかもしれない。まるで胃の底にため込んでいた言葉を吐き出すようにして、彼女の口は動き続けていた。
それはリビングに入ってからも、「適当に座って」と言ってからも変わらなかった。
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