ご自由にお持ち帰りください

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「身辺整理って言ったら、どうなのかしら。まぁ、八十越えてるんだから、そうなるのかもしれないわねぇ。身の回りの物を処分しなきゃって思い立ったのまではよかったんだけど、どうしても捨てるってことが出来なくてねぇ。だって、一つ一つに思い出って、ついているものでしょ」  彼女が薬缶で湯を沸かし始める。長居する気はなかったけれど、断るのも難しく、私は黙ったまま周囲を観察していた。  食器棚やダイニングテーブル、固定電話が置かれた棚はあるものの、何だか物が少なく感じられた。  毎週毎週物を出して入れば、減っていくのも当然なのかもしれない。 「だからねぇ、あげちゃえば良いと思ったのよ。誰かの手に渡れば、その思い出は受け継がれていくって思えてねぇ。まさか、あんたみたいな若い子が持ってくとは思ってなかったけど。物を大切にする子なのかなぁって、思ってたんだけど、違った?」 「……大切にしてますよ」  それほど気にしたことはなかったけれど、貰っている身からしたら、否定するのは失礼に思えた。 「そうよね。あたしの目に狂いはないはず。そうそう、でね、その子がムーコ」  盆に載せたお茶を運びながら、彼女が目線を私の後ろに投げる。  えっ、と私が振り返る。窓辺には観察するように凝視してくる、やや目つきが鋭い三毛猫がいた。貫禄からして、結構年をとっていそうだった。いつからそこにいたのかすら分からない。静か過ぎてその存在感に気付かずにいた。 「この猫はねぇ、元々野良だったの。だけどいつの間にかうちに入り込んで、それからずっと居座ってる。図々しい子でねぇ」  そう言いながらも、私の向かいから見つめる目は優しかった。
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