ご自由にお持ち帰りください

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『ご自由にお持ち帰りください』  達筆な字でそう書かれている紙が貼られた段ボール箱が、二階建ての古い木造住宅の前に置かれていた。  そこ惹かれるようにして、私は足を止めた。  日付の変わりそうな夜十時半。寒空の下、街灯に照らされていたのは形も色も様々な皿だった。  一瞬の躊躇が襲うも、私は箱の前でしゃがみ込んだ。  女性一人。こんな時間に、箱の中を覗き込む姿を通りがかりの人が見たりでもしたら、ギョッとするかもしれない。  そう思って、周囲を見渡すも静まり返っている住宅地には人の気配はなかった。  私はそっと箱の中に手を伸ばす。  その中から白の平皿と青色の猫が描かれている小皿を手に取った。カチッという音が響く度に、私の心臓が僅かに跳ね上がる。  思わず顔を上げ、周囲を見渡してみる。シンと静まり返っている民家には、人っ子一人見当たらない。決して悪いことをしているわけではないのに、私の胸は妙にざわめいていた。  私は手にした皿をビニールに入れると、肩に掛けている鞄にしまい込み、足早にその場を離れる。  こういう経験は、生まれて初めてのことだった。  だけど、ずっと置きっぱなしになっているのを知っていただけに、何だか複雑に思ったのは確かで、少しでも貢献したいと思ったからかもしれない。それに私もちょうど、皿が欲しいと思っていた。捨てる神あれば拾う神あり。悪いことをしていないはずだ。  ぐるぐると頭の中で言い訳じみた事を考える。  それなのに私の心臓は、家に帰るまで速い速度を保ったままだった。  それでも二度目、三度目と、回を重ねるごとに、その不安や緊張から解き放たれるように、私はじっくり品定めする余裕すら生まれていた。  深夜に近いこの時間帯だからこそ、私は無駄に人目を気にせずに済んでいるのかもしれない。
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