三章、本物の恋人

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「話を合わせてください。お母様も喜んでらっしゃる」    それは……。  確かにそうだ。ずっと母親は菜那が結婚することを願っている。ここで本当は違うと言ったら母親は悲しむのは目に見えている。なら……相手を思ってつく嘘も優しさなのかもしれない。  菜那は小さく頷いた。 「あと、俺のことは蒼司と呼んでくださいね」  目を見開き、蒼司を二度見する。  な、名前で!? そんなっ……でも確かに恋人なのに宇賀谷様はおかしいよね……。  分かりましたの意味を込めて菜那はもう一度頷いた。 「なーに二人でこそこそしてるの?」 「な、なんでもないよ。その、言いそびれてたんだけど今お付き合いしてる宇賀谷蒼司さん。凄く優しくていい人なの。今日もその、そ、蒼司さんが病院まで送ってくれたんだ」  名前を言うだけでこんなにも体力を使うなんて知らなかった。蒼司は満足げに目を細めて笑った。 「わたしなんかより菜那さんの方がとても優しくて、気が利きますし、本当に好きであるとともに尊敬もしています。菜那さんの作る料理は本当にどれも美味しくて、胃袋までガッチリ掴まれてしまいましたよ」  蒼司の言葉を聞いて顔が燃えるように熱くなる。  料理は気に入ってもらえてるのは分かってたけど、尊敬? 私の事を?  一体自分のどこを尊敬してくれているのか凄く気になった。思い当たる節なんて一つもない。 「菜那がいい人に巡り合えてよかったわ。本当にこれでいつ死んでも安心ね」  本当に安心しきった顔で母親は微笑んだ。その表情に嘘をついた心がチクリと痛む。 「……お母さん、縁起でもないこと言わないの」 「ごめん、ごめん。そうよね、死んだら菜那のウエディングドレス姿も孫も見れないものね! 頑張らなくっちゃ」 「そうだよ! もう! これだけ喋れれば大丈夫そうだね。また明日来るから今日は帰るよ」 「また二人で一緒に来てちょうだいね」  菜那はうんっと元気よく返事を返し、蒼司も母親に頭を下げ、病室を出た。  嘘をついてしまったからか、後ろ髪が引かれているような気がした。
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