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 インターホンを押す指先がフルフルと恐怖で震える。 「堀川さん、大丈夫?」  堀川と呼ばれてビシッと活を入れられたような気がした。菜那は大きく息を吸い、呼吸を整えて背筋を伸ばした。 「大丈夫です」  インターホンを押すとすぐに近藤が家から出てきた。睨むような視線、明らかに不機嫌な表情で菜那の身体に緊張が走る。 「近藤様っ――」 「近藤様、この度は不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございませんでした」  菜那の言葉を遮るように社長が一歩前に出て近藤に頭を上げた。菜那もすかさず社長に続いて頭を下げる。 「金を払わせておいて、客のものを盗むなんてとんだ詐欺業者だな」  怒鳴るわけでもなく、地鳴りがしそうなほどの低い声。 「近藤様、そのことに関してなんですが私は昨日腕時計をこの目では見ておらずっ……」 「あぁ? お前、この俺が嘘をついているとでもいいたいのか!? お前が盗んだんだろうが! 弁償しろ!」  急に空気が張り裂けそうなほどの怒鳴り声にビクッと身体が後ずさり、ひゅっと喉が閉まった。単純に怖いという感情に身体が支配され、声を出すことができない。  菜那の様子にいち早く気が付いた社長が怒鳴り散らす近藤にひたすら謝ってくれているのが視界には映っている。映っているはずなのに、自分は暗い闇の底にいるようで、音が何も聞こえてこなかった。
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