4691人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ……」
視界がぼやけていたはずなのに、この雨の中でもわかる。目を柔らかに細めて、優しい表情。
ぶつかってしまったのは自分なのに責めることもなく、優しい顔を自分に向けてくれている。名前も知らない赤の他人なのに、弱っている菜那にはその柔らかな視線だけで十分だった。プツンと糸が切れたように感情が沸騰して吹き出す。
「うぅっ……わわぁ――……」
泣き崩れる菜那を名前も何も知らない彼は人目から隠すように抱き寄せ、傘で隠してくれた。力強いのに優しいという矛盾する彼の腕の中はとても心地よい。だからだろうか。優しさに触れ、涙が降っている雨に負けないくらい溢れてくる。
何分泣いたか分からない。雨も大分小雨になりかけている。段々と冷静になった菜那は自分が余りにも大胆なことをしてしまったことに気が付いた。
「……す、すいませんでした」
すっと身体を彼から離し、小さく頭を下げた。
「突然の雨でしたから。泣きたくなりますよね」
「え……あ、はい……ッ!?」
彼の親指が菜那の頬に触れた。驚いて大きく目を見開いてしまったが彼は拭き残した涙をぬぐってくれたようだ。過剰反応してしまった自分が恥ずかしい。
最初のコメントを投稿しよう!