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「菜那? 菜那聞いてる?」  母親の声でハッとする。無意識に病室まで戻ってきていたようだ。菜那は心配そうに見つめてくる母親に無理矢理口角を上げて笑い返した。 「あ、うん。私そろそろ仕事に行かないといけないから、またすぐ来るね」 「菜那も忙しいんだからそんな頻繁に来なくてもいいわよ。自分のことを一番に考えて、ね?」 「大丈夫だよ。じゃあまた来るね」  母親の洗濯物が入った鞄を握りしめて病室を出た。ツンと鼻の奥が痛む。あのまま病室にいたら確実に頬を濡らしてしまっていたかもしれない。  これからは今まで以上にもっとたくさん来よう。花嫁姿を見せてあげられない代わりにたくさん親孝行してあげたい。 「仕事だ……」  昨日の今日だ。泣いている場合じゃない。浮気されたことも、母親の余命宣告も、顔に出さないように社会人として気を付けなければ。 「よしっ!」  自分に気合を入れてカジハンドに向かった。片手に荷物でパンパンの鞄と、もう片方にはネイビーの傘を持って力強く歩く。  事務所について中に入るとすぐに社長が菜那に気が付き駆け寄ってきた。
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