三章、本物の恋人

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 病院の外を出ると道路を打ち付けるような雨が降っていた。 「わ、凄い雨ですね。車持ってきますから、菜那さんはここで待っていてください」 「そんな、このくらいの雨へっちゃらです。一緒に行きます」 「じゃあ、こちらに来てください」  蒼司は菜那の肩を抱き寄せ、自分の着ていたコートを脱いだ。雨が避けられるように菜那にコートを羽織らせる。 「え、これじゃ宇賀谷様が濡れてしまいますっ。私はほら、ダウンなんで中まで濡れることはありませんから」 「あ、違いますよ? 名前で呼んでくださいって言いましたよね?」 「あっ、それは……」  そうだけど。 「も、もう病室じゃないので戻してもいいですか?」 「ちゃんと最後まで設定を守らないと、誰か見ているかもしれませんよ?」  う……、確かに。 「そうですよね、名前……分かりました」  じぃっと顔を覗き込まれ、菜那の顔にハテナマークが浮かぶ。 「あの、どうしました?」 「名前、呼んでくださいませんか?」 「え、今ですか?」 「はい。今です」  小さく笑う笑みに少し意地悪な瞳。名前を呼ばれるのを嬉しそうに待たれてしまっては言わざるを負えない。けれどどうしても恥ずかしさが募り、小さく口を開いた。 「そ、蒼司さん」 「……最高に嬉しいです。さぁ、車まで走りますよ」 「えっ、あっ、はい!」  肩を寄せ合い、一緒に駆け出した。パチャパチャと足元で水音が楽しそうに鳴る。
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