三章、本物の恋人

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 雨の日がこんなに楽しいなんて知らなかった。雨の日は正直あまりいい思い出がないから。  蒼司のコートを傘代わりにして、寄り添う肩がぶつかるたびにドキっと心臓も跳ねる。服の厚みがあるはずなのに蒼司に触れるだけで心が喜んだ。 「あ~、結構濡れちゃいましたね。菜那さん冷たくないですか?」  菜那はほんの少し肩が濡れただけ。運転席に座っている蒼司の方が背中の方まで濡れている。 「私は全然っ! 蒼司さんのほうが濡れてしまって、なんか色々……申し訳ございませんでした」 「そんなに謝ることじゃないですよ。気にしないでください」 「で、でも、その他にも……母の前で、その、恋人のふりをしてもらってしまって……」  椅子に腰を下ろして一段落すると色々と恥ずかしい場面が蘇ってくる。母親のためだとはいえ蒼司に恋人の振りをしてもらったこと、蒼司の言葉一つ一つ、それが嬉しかったこと。   うつむく菜那に蒼司は「ああ」と思い出したように笑った。 「菜那さん、こっちを向いてください」 「はい……」  ゆっくり蒼司の方を向く。明るい声色だったと思ったけれど、目が合った蒼司は笑ってなんかいなかった。とても真剣な顔をしている。いつもこの瞳に吸い込まれそうになるのだ。 「お母さんの前で急に恋人の振りをしてしまってすいませんでした。でも、そのまま俺の事を利用してくれてもいいとも思いました」 「え? 利用、ですか……?」 「ええ。俺は何度も言っている通り貴女が好きです。しっかりしてそうで、うっかりしているところも。何に対しても一生懸命で、優しくて、そして弱いところも全部好きです。俺と結婚してくれませんか?」  ……利用して、結婚?
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