三章、本物の恋人

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「宇賀谷様を利用して結婚って……どういうことですか? ごめんなさい、私頭が悪くてっ」  動揺のあまり口元を触ったり、頬を触ったりどうも気持ちが落ち着かない。 「今日、菜那さんのお母様の前で恋人の振りをしたとき、不謹慎ですけど凄く嬉しかったんです。お母様の喜んでいらっしゃる顔を見て、照れている菜那さんの顔を見られて。菜那さんの偽の恋人になれるだけでもこんなに嬉しいんです。でもその喜びを知ってしまうと人間というのは欲張りで、もっと欲しくなってしまうんですよ」  挙動不審に動く手を蒼司は優しく掴んだ。 「菜那さんの気持ちを待つって言っていたのにすみません。でも、我慢できないくらい早く貴女が欲しいんです。それに……自惚れかもしれないけれど菜那さんもきっと俺と同じ気持ちなんじゃないかと思ってしまうことが何度もあるんです」 「っ……」  ぐっと引き寄せられ、喋れば吐息が擽る距離。車に打ち付ける雨の音がやたら大きく、鮮明に聞こえた。 「もう、待てない」  身体の芯まで届く力強い声。 「あっ……んんっ……」  頭を掻き抱かれ唇が重なった。唇を吸われ、凄く求められていることが伝わってくる。何もない平凡な自分をこんなにも感情を高ぶらせてぶつけてくれることが嬉しい。  それに図星だった。本当は母親の前で恋人の振りをしたとき、不謹慎と分かっているのに自分も嬉しかった。返事をのばしているくせして、もう答えは最初から決まっていたのかもしれない。ただ、ほんの少しの勇気が出せなかっただけ。口の中に割り入ってくる舌を受け入れ自ら絡みついた。  ――貴方が好きです。
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