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あたしは、ジュンがママロボットを、ママと呼ぶのが妙に気に障った。
ママロボットと呼ぶのが施設の決まりなのだ。
「ママって何? ママロボットってちゃんと呼びなよ」
「施設長の前ではそう呼んでるよ。あのひとはロボットを差別するからね」
「差別ぅ……?」
メガネをかけたジュンは、たまにわけのわからないことを言う。
「施設長は、ロボットは人間より劣っていると思っているってことだ」
おまけにバカなあたしにも丁寧に説明してくれる。むかつく。
「違う。ママロボットって呼ばせることの何が差別なの。ママロボットはあんたのママじゃないし、実際ロボットじゃん」
「施設長は、僕らがママロボットをママだと思うことを恐れているんだ」
「どういう意味?」
「だって、僕らのママって完璧だろ?」
ジュンにさらっと言われて、あたしはもちろん反論しようとした。
「いい、あのねえ」
ママロボットは白くてのっぺりしすぎだし――でも少なくとも不細工ではない――ちょっと融通が利かなくて真面目すぎるし――その代わりズルとか意地悪は一切しないけど――たまに背中から手がいっぱい生えて来て不気味だし――まぁそのぶんいろんなことがいっぺんにできるといえばそう――。
あたしは人差し指を立てて口を開けたまま固まってしまった。
確かにママロボットには文句のつけどころがひとつもない。
あたしは唸った挙句に、こうしぼりだした。
「でも、完璧とは違うよ」
「そりゃ、価値観はそれぞれだからね。きっとこの世に完璧なママなんていないよ。だけどママロボットはロボットだもの。少なくとも完璧なママであるようにプログラミングされているのさ」
「……」
頭がこんがらがって黙るわたしに、ジュンは鼻息荒く言った。
「ミユキ、僕はゆるせないんだ。ママロボットは完璧なママなのに、施設長は彼女を見下している。人間にロボットが敵うわけないし、もし人間よりも優れたママだったら壊してしまったほうがいいとさえ思ってるんだ」
「……それ、本当?」
ジュンの真剣な様子に、あたしは思わず声を潜めてしまった。
施設長はハゲたおじさんだ。無駄にいばっているくせに、施設で問題が起こるとまっさきに姿をくらませてしまう。
そういう情けないひとが、ママロボットを壊すなんて乱暴なことを思いつくだろうか?
だけど、ジュンは眼鏡が上下するほど力強くうなずいた。
「ああ、間違いないよ。だから僕はママロボットをひそかにママと呼んで、そういった悪い試みに抵抗しているんだ。いつだってみんな、言葉から洗脳されるんだよ、ミユキ」
その言葉には、妙な説得力があった。
思い返せば、うちのママもそうだった。
機嫌が悪い時はいきなりあたしを罵って来て、泣いて謝るまで意味不明なことを反省させられる。
本当にちっちゃい時からそうだったので、あたしはいっとき、ママの言うことを頭から信じ込んでいた。
それに、怖いのは言葉で洗脳されるのは、あたしだけじゃないってこと。
弟もママの言うことを信じ込んでいたし、ううん、もしかしたら、ママ自身も、繰り返しあたしを罵ることで、自分を洗脳していたのかもしれない。
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