3人が本棚に入れています
本棚に追加
3、ビターバレンタイン
目の前の惨状に、私は頭を抱えた。
途中まではよかった気がするのだけれど、気がついたら大変なことになっていた。
時計を見ると、そろそろ環さんが帰ってくる時間になっていた。部屋の中には甘い匂いが充満している。
それなのに、肝心のものができあがっていないのは、一体どんな魔法だというのだろう。
「ただいま……何か作ってる?」
「おかえりなさい……作ってたつもり、が正解かな……」
「え、何? クイズ?」
「ううん。謎も、種も仕掛けもない悲劇」
ほんのり笑みを浮かべて、少し期待した顔をしていた環さんが、悲劇と聞いて顔色を変えた。そして私のそばまで来ると、悲劇の現場である鍋を覗き込んだ。
「……ダークマターか?」
「ううん。チョコフォンデュの予定だった」
「鍋にそのまま板チョコぶち込むスタイルは斬新だな」
「トホホ……」
「『トホホ』ってリアルで言う奴初めて見た」
落ち込む私に対して、環さんは楽しそうだ。
鍋の中には、チョコフォンデュになること叶わず真っ黒に焦げたチョコレートだったものがあるというのに。
「ごめんね……いつも美味しいもの作ってくれるから、手作りバレンタインでお返ししたかったんだけど。結果的に仕事増やしちゃって」
「おぉ。俺が片付けすること前提になっとる。そうだけど」
「ここから入れる保険はありますか?」
「あー……」
助けを求める私に、環さんは腕組みして考える。やらかしたのだから自分で片付けろという感じだけれど、前に焦げた鍋と格闘した際、事を荒立てる前に相談してくれと嘆かれたのだ。だから、今回は素直に相談した。
「あ、良い方法がある!」
環さんはそう言って冷蔵庫を開けると、牛乳を手に戻ってきた。それを鍋に注ぐと、もう一度加熱する。
「ホットチョコみたいになるんじゃねぇかな、こうしたら」
「……鍋も救える?」
「たぶんな。これでだめだったとしても、お湯注いで置いておいたらどうにかなるだろ」
心配で鍋を覗き込むと、環さんにポンポンと頭を撫でられる。いつも優しいとはいえ、今日の環さんは一段と優しい気がする。
「……バレンタインなのに、何もあげられなくてごめんね」
出来上がったホットチョコをいただきながら、改めて私は謝った。
すると、向かいの席で環さんはニッコリする。
「あとでしっかりもらうから大丈夫」
「え?」
「軽く食べられる夕飯作っとくから、風呂に入っといで」
「あ……はい」
彼の言っていることが少し遅れて理解できて、私は慌ててバスルームに向かった。
日頃クールなくせに、こういうときだけ甘いのはずるい。
最初のコメントを投稿しよう!