第六話 花の散る日

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第六話 花の散る日

 仮眠をとっていたイライザは、じりじりと鳴り響く警告音に起こされた。眠りは短く浅かったはずだというのに、意外と頭はすっきりしている。枕元に転がされたまま警告音を発しているインカムが、探してもいないのにその存在を主張する。  なぜ鳴っているのか。そんな質問はこの期に及んで野暮だろう。来るべき日が来た。それだけの話だ。  ついにこの日を迎えたというのに、イライザの心は鏡水のごとき静けさだった。むしろすがすがしいかもしれない。焦らせるように鳴り響く警告音を気にすることもなく、のんびりと身支度をして管制室に向かう。  イライザが管制室に到着すると、すでに管制チームの全員が揃っていた。ぎゅうぎゅう詰めになった管制室の中それぞれのでインカムがけたたましい音をたてている。当直の席につくリコは蒼白な顔をし、横に立つピョートルは険しい顔で拳を握りしめていた。他のメンバーたちもなすすべがなくおろおろしている。 「西を切り離す」  入ってきたイライザをちらりと一瞥したピョートルが、低く掠れた声を絞り出して言葉少なに告げる。そう、と彼女は気のない返事をする。 「じゃあ、私は行くわ。後は任せていいかしら?」 「は? おい、いや、まぁ、確かに人手はいらんが……西には行くなよ」 「忠告ありがとう。大丈夫、中央から向こうには行かないわ」  諦めたような表情でピョートルはイライザにさっさと行けと手を振った。まるで自殺者を見送るようなメンバーの哀れんだ視線すらも、心地良い。  西エリアに続く廊下に足を向ければ、低いモーター音が鳴り響く。設計したピョートルは何を考えていたのか、隔壁は下からせり上がってくる仕様になっている。滑り込みで潜ることは許さない、一種の安全設計なのかもしれない。  廊下の向こう、音の出所を探して周囲を見回す人々に、彼女は聖母の微笑みを向けて踵を返した。スーツ姿の女性がイライザを見つけて走ってくるようだが、あの距離では隔壁が閉まる方が早い。  東エリアのカフェテリアでは、ちょうど桜が咲き乱れていた。極東では季節の風物詩だというその花は、ここにはいない人物をイライザに想起させた。地上でも咲いているだろうか。彼は、保護した子猫ちゃんと共に花見を楽しんでいるだろうか。  選んだ抹茶を手に、イライザは壁に背を預けて座る。咲き誇る桜の花を見上げ、含んだ抹茶の苦味が口内に広がった。  床が、壁が、かすかに振動する。  科学を纏ったヒトの見た夢。その一つが今、無惨にも散ろうとしていた。  薄紅色の花びらが、ふわりと宙を舞った。
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