11.こちらまで幸せな気分になってしまいそうな

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11.こちらまで幸せな気分になってしまいそうな

 貼り紙の効果はさっそく現れた。中村さんからアドバイスをもらった翌日、マスターは店の入り口に忘れ物預ってますと書き出した。いつも貼り出しているメニュー表の横に、包み紙の模様と大きさとともに。  それから二日ばかり過ぎた日の夕方遅く、街が夜にさしかかろうとしていた時刻に、ひとりの女性がカフェ・レインキャッチャーを訪ねてきた。百貨店のテナントとして入っている靴屋のレシートを手に。 「ありがとうございました。ダメ元で靴屋さんにたずねたら、そういえばこのお店から靴の忘れ物の問い合わせがありましたって。それで、靴屋さんの帰りにこの店に寄ったことを思い出して。途方に暮れるあまり、忘れちゃったんですね」 「どうやら間違いなさそうですね」  靴屋さんのレシートを眺めたマスターは、預かっていた忘れ物の箱を女性に差し出した。アルバイトの晴人くんは、他のお客さんの接客をしながら二人の会話に耳を傾けている。 「誰かに送る予定だったんでしょう? せっかくの記念日には間に合わなかったんじゃないですか?」  マスターが女性にたずねた。元宮という名の女性は苦笑する。印象が薄いと晴人くんは言ったが、なかなかどうして美しい顔立ちをしてるじゃないか。 「まあそうですけど、自分への贈り物ですから」 「ちょっといいことがあったんですよ」 「いいこと?」  マスターが聞き返すと、元宮さんは笑みを浮かべた。けれど、その「いいこと」について、詳しくは話さなかった。 「で、ずっとそのブランドの靴が欲しいなって思ってたんです。それで、そのいいことがあったので、その記念に買って自分のために靴を買って、ラッピングまで頼んで。だからその意味ではたしかに誰かに贈るための特別な靴なんです」 「自分のための靴をラッピングしてもらうなんてことはないからね。よほどの『いいこと』なんですね」  マスターの言葉に、元宮さんははにかむような顔を浮かべた。少し頬が赤らんだようにも思えるはにかみ。こちらまで幸せな気分になってしまいそうな。  これで迷宮入りしそうな事件も一件落着。幻のような迷宮の出口にたどり着いた。名推理で事件を解決したような名探偵のように、マスターはひとり満足する。
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