03.子猫が喜んで入り込めるくらいの

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03.子猫が喜んで入り込めるくらいの

「この箱、誰かの忘れ物だと思うんですけど、見覚えありません? 誰の忘れ物なのか分かりませんかねえ」  カフェ・レインキャッチャーのマスターはカウンター席の常連客にひとつの箱を見せる。しっかりと包装された箱。大人が両手で持つとちょうどいいくらいのサイズ。子猫が喜んで入り込めるくらいの大きさがあるかもしれない。  カウンター席に並んで座る二人の女性は、マスターが差し出した箱を眺める。明らかに知らないと訴える顔を浮かべて。常連客のそんな表情をうかがいながら、マスターは軽く落胆する。もちろん、その落胆をあからさまに顔には出さないけれども。 「包装紙に店の名前もないとなるとね。でも、ちゃんと包んであるから、素人の包み方じゃなさそうだけど。里穂、見覚えある?」  二十代半ばくらいの女性が、隣の席に座るもうひとりの女性にたずねた。その女性もまた首を横に振るばかり。  二人はいつもだいたい一緒に店にやってくる常連。年齢は二十代半ばくらいで、同じ職場に勤めているようだ。今日はひとつの大きな仕事がうまくいったらしく、そのお祝いでこの店に来てケーキを食べようということになったらしい。 「常連さんだから、見覚えがあるかなと思ったんですが……」 「ごめんなさい。役に立たなくて」  申し訳なさそうな顔の女性たちに、マスターは大きく首を振る。 「こちらこそ、おくつろぎのところすみません」  マスターは二人にそう告げ、箱をカウンターの内側に戻した。常連の二人は、ふたたび自分達の会話に戻る。仕事や上司の愚痴といった話だ。仕事帰りの疲れを癒すコーヒーとケーキを前にして。
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