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06.サービスとして小皿にクッキーを
翌日の開店直後、常連の堀川さんがやってきた。スーツにネクタイ。仕事の合間の息抜きだ。カウンター席に座り、今日のコーヒーを頼む。それから仕事用のファイルを開き、書類を熱心に読み込む。
「いつもお疲れさまです」
昼下がりの気だるい時間、マスターがコーヒーを出すと、堀川さんは小さくありがとうと言って書類から眼を離す。そしてカップに手を伸ばし、コーヒーを慎重にひとくち飲む。
「このくらいの時間に飲むにはぴったりの味、うん」
満足そうな堀川さんに、マスターは切り出した。
「あの、お忙しいところすみません。少しだけよろしいですか?」
ふたたび書類を手にしようとしていた堀川さんは、怪訝な表情を浮かべながらもマスターにうなずく。
「すみません、この箱なんですが。この箱を持っていたお客さんに見覚えみたいなものはないかと思いまして」
堀川さんは手にした箱の包装紙をじっと見つめ、そして重さをたしかめるように軽く箱を振る。
そのとき、堀川さんの表情はなにかに気づいたときのような表情にさっと変わった。
「これはおそらく靴屋さんの包装紙ですね。贈答用の特別な」
堀川さんは駅前にある老舗百貨店の名前を挙げた。靴屋はその百貨店にテナントとして入っているという。
「それなりに高級品を取り扱う靴屋です。この包装紙は贈答用に使われているはずです。それもわりと高額な靴のときに」
堀川さんが以前、父親が定年退職したときに靴を贈ったことがあるけれど、そのときの包装紙とたしか同じだと言った。
「ありがとうございます。それなら、早いところその靴屋さんにたずねてみますね」
マスターは堀川さんに丁寧にお礼を告げた。サービスとして小皿にクッキーを何枚か載せて差し出した。
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