08.相手のことをよく知ってなきゃ

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08.相手のことをよく知ってなきゃ

「でも、そんな高級な靴の入った箱をしっかり包装紙に包んであるのなら、誰かに贈るためのものなんじゃない?」  コーヒーとチーズケーキをひと口ずつ味わった京塚さんが言った。熊野さんも大きくうなずいた。 「たしかにそうかもしれないですね。じゃあ、落とし主はそのうちこの箱を探しにこの店に来るかもしれない」  マスターの言葉にみんながうなずいた。でも、あれから四日ばかり過ぎてるとマスターは思ったけれど、それは口に出さずにおいた。 「でもさ、靴ってプレゼントには難しくない?」  京塚さんがみんなを見まわしながら疑問を口にした。 「そうねえ。サイズだってブランドごとにちょっとずつ変わったりするし。相手のことをよく知ってなきゃ難しい贈り物ですね」  山崎さんがそう相槌を打つと、熊野さんが口を開く。 「わたし、靴のプレゼントは縁起が悪いって聞いたことある。靴は足で踏みつけるものだし、去っていくものだからダメだって」 「そうなの? 私は真逆の話を聞いたけど」  京塚さんがケーキのピースを口に運び、そして説明をはじめる。 「靴は素敵な場所に連れて行ってもらうものだから、新しい門出を祝うものって。だから靴の贈り物は縁起物だって。でも、やっぱりサイズとかデザインの好みがあるから、贈り物には難しいよね」  熊野さんが考え込むような顔を浮かべ、口を開いた。 「靴を贈り物にしたいなら相手と一緒に買いに行けばいいのよ。そしたら相手の足のサイズもわかるし、デザインだって相手の気に入ったものを選べるし」 「それがいちばんかもしれないですね」  マスターが同意すると、他の三人も大きくうなずいた。それから話題はいつものように雑多な話題に移った。夫の愚痴、仕事の話、そして近所の人の噂話……。探偵気分に浸れる話題はなかった。  マスターは聞こえてくるそんな会話を聞き流しながら、箱の持ち主につながる何かが見えてこないことに焦りを覚えていた。そのとき、通りに向かって開いたテイクアウト用の窓口にお客さんがやってきた。マスターは注文を聞き、コーヒーを淹れはじめた。
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