09.どこを探しまわっても

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09.どこを探しまわっても

「靴をなくすってけっこうショックだよね」  夜も八時をまわった。遅い仕事帰りや飲みに行った帰りの人々で、店はにぎやか。通りに面したテイクアウト用の窓口もお客さんが途切れない。それでもマスターは常連客に箱のことを聞き出していた。  そんなとき、ひとりのサラリーマンのお客が、子どもの頃に靴をなくした思い出を語りはじめたのだった。仕事終わりに飲みに行って、軽く酔いが入ったような顔と口調で。 「オレがまだ小学校の四、五年生くらいだったと思うけどさ」  中村という名のサラリーマン。髪は白髪が半分ほど混じっている。五十歳くらいだろうか。ときどきこうやって飲みに行った帰りに、この店に立ち寄り、コーヒーで落ち着いた時間を取り戻すのが楽しみだと言っていたことがある。 「子どもの頃、近くにわりと大きな川が流れてて、その河川敷でよく遊んでたんだよ、友達と一緒に。なにしろ子どもだからさ、石だらけの河川敷で裸足になって遊んで。親からキツく言われてたから川には入らないけどさ、草むらの虫を追いかけたりね」  中村さんはコーヒーをゆっくりと飲み、そして話を再開した。 「夢中で遊んでいるうちに気がつくと夕方だった。帰らなきゃって思って、自分が靴を脱いだあたりを探したんだけど、どうしても靴が見つからないの。いやあ焦ったね」 「それでどうしたんですか?」  アルバイトの晴人くんの言葉に中村さんは苦笑しながらこたえた。 「どこを探しまわっても靴がないからさ、けっきょく裸足で家まで帰ったよ。家は近所だったけど、アスファルトの上を裸足で歩くと痛いんだよ。小石はもちろん、何が落ちてるのかわかんないしね」 「親御さんに怒られたんじゃないですか?」  マスターの言葉に中村さんは、そりゃもちろんとこたえた。 「それで誰かが交番にでも届けたかもしれないって親は言ってたけどさ。わかんないよな。意地悪な誰かが隠したかもしれないしさ」
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