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幸せなある日
「良い香り。今日はカレーだね!」
夫が帰ってくるなり嬉しそうにキッチンを覗きこんだ。
「正解〜!さすが調香師!」
「いや、さすがにカレーは誰でもわかるでしょ。るいのカレー、僕めちゃくちゃ好き!毎日でも食べたい!」
そう言って、後ろからギュウと抱きついて甘えてくる。
顔だけ振り向くと、ちょうど彼の顔と触れ合い、そのまま触れるだけの軽いキスをした。
「でも毎日こんな香りが強いものばかり食べていたら仕事に障るんでしょ?」
「そう。だから休み前のご褒美だ。先週のレバニラも美味しかったけど、やっぱりカレーが一番かな」
「ふふ。じゃあ先に手を洗ってきてください」
「うん」
夫の樹はいつまで経っても子供のようなところがある。
そこが可愛くて愛すべきところでもあるのだ。
私達は結婚して7年。
夫は大手の化粧品メーカーや洗剤メーカーへ香料を卸す会社で調香師として勤めている。私も働いているが、WEBデザインの在宅ワークでほとんど家にいる。
子供には恵まれなかったが、その分ずっと、恋人の延長のような関係を築けている。
たった一つの心配事を除いては、幸せな生活を送っていると思う。
「樹、体の調子はどう?」
そう。心配事とは、夫の体の事。
2年前に、余命1年と宣告されてから、散々ふたりで泣いて悩んで、様々な治療法を試した。
宣告された1年が経過したころ「まだ、あと1年は生きられそうだね」と言われた。
そしてまた、その1年が過ぎ、先週医師から告げられた一言は「どうする?あと何年生きる?」って。
夫と私、顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
「体調は問題ないよ。前回変えた薬が合ってるみたい。嗅覚にも影響無いし。しばらくコレで落ち着いてくれたらありがたいな」
「ん。良かった。でも無理はしないで。少しでも辛かったら仕事休んですぐ病院へ行くのよ?」
「わかってるって」
そう言って樹はスプーンに山盛りすくったカレーを口へ運ぶ。
「ん~やっぱり、るいのカレー、最高!クミンとカルダモンが良い仕事してる。ねえ、このカレーの香り、香水にできたら売れるかな?成分は……」
一瞬、カレー臭を漂わせながらランウェイを歩くファッションモデルを想像してプッと吹き出してしまった。
「一番重要な成分は、愛情で~す」
「そっかぁ。世の中の人にるいのカレーの香りを届けられたらと思ったけど、それじゃあ仕方ない。この香りは僕だけのものだね」
ニコニコしながら「美味い、美味い」とよく食べる夫の姿を見ていると、安心すると同時につられてこちらも笑顔になる。
この幸せな時間が永遠に続けばいいのにと心から願っていた。
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