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「そういえば、今日珍しく健介がお店に来たよ」
食事の後、樹が何か紙袋を持って来てテーブルに置きながら言った。
かけがえのない時間を過ごしていたというのに、その名前を聞いて、上がっていたるいの口角が元に戻る。
「ふーん」
その表情を見て樹が苦笑する。
「るい。君、ホントに健介が嫌いなんだね」
「逆に聞くけど、好きな人いる?」
「僕は健ちゃん面白いと思うけどなぁ」
「苦手なの。あぁいう、自分の言うことが全て正しい、みたいな人」
「まぁまぁ。確かにちょっと棘はあるけど、あれで優しいヤツなんだよ?僕のお友達なんだし、君も学生時代の同級生でしょ?もうちょっと仲良くしてやってよ」
本当なら「なぜよりによってあの人が友達なの?色が見える人だから?それなら私だけでいいじゃない!樹の趣味を疑うわ」などと捲し立てたい気持ちもあるが、そんなことでこの大事な夫婦の時間を無駄にしたくない。
「……努力はします」
「ありがとう」
樹は皿を洗うるいの横へ来て、るいの頬にキスした。
「で、何しに来たの?」
「顔見に来てくれたんだって。お土産ももらったよ」
樹が紙袋から中身を取り出した。
「……白ワイン?樹が飲めないの知ってるはずなのに」
「違う違う。白葡萄ジュースだ。さすがに健介もそんな考え無しじゃないよ。これ、るいのことも考えて選んでくれたんじゃない?」
「……どうかしらね」
るいは、黒ワインが苦手だ。
黒ワインと呼ばれているが、色が見える者からしたら、血のような色。
ずっと昔から、るいは血を見ると、奈落の底へ引き摺り込まれるような不安と恐怖に襲われ、立っていられなくなる。
「るい」
名前を呼ばれてハッとした。
「ね?早速飲んでみようよ。あの健介が珍しく褒めていたくらいだから、きっとすごく美味しいよ」
黙り込んだるいを現実に引き戻す夫の柔らかな声は、毛布のようにるいの心を包み込んでくれる。
ここはるいにとって世界で一番安心できる場所だ。
「樹。まだまだ、一緒にいてよね」
るいは樹の横にくっついて座って、彼の肩に頭を乗せた。
「努力します」
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