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出会い
樹との出会いは8年前に遡る。
当時26歳だった花咲るいは、仕事に行き詰まると街へ出掛けてウィンドウショッピングで気分転換していた。
モノクロの世界で、人は視覚以外にも聴覚や嗅覚をフル回転させて生活している。
白黒だけでは判別が難しいものはカラーAIでより分ける技術に頼っている部分もあるが、個人の生活は個々が自分で判断しなければいけない部分が多い。
X年以降人口が減っているのは、戦争だけでなく食中毒も大きな原因のひとつだ。
例えば肉が新鮮か腐っているか見た目では判別が難しい。調理しても焼けているのか生焼けかわからない。
成分検査を受けたものしか店頭に並ばないルールだが、機器の故障や不正がニュースになるのは日常茶飯事。
口に入れるもの一つとっても疑心暗鬼になりながら暮らしている。疲れきった現代人にとって、癒やしの時間は重要だ。
カフェに立ち寄れば、コーヒーの香りと心地よい音楽で心がほぐれる。
少し歩くと、新しくできた香水ショップがあった。
装飾ライトの光を反射して、キラキラと輝く香水の瓶が綺麗に並んでいる。
細長いものや四角いもの、一見瓶だと分からないようなハイヒール型やりんご形など、香水瓶は形も様々。
そのうちのひとつ、パラソルを窄めたような形の瓶に目が留まった。
手に取って、照明にかざしてみる。
その美しさについ見惚れて、しばらく眺めていたら、急に話しかけられた。
「君、もしかして見える人?」
声をかけてきたのは、この店の店員らしき男性だった。
言葉だけ聞くと、新手のナンパか新興宗教の勧誘かと勘違いしそうなセリフだ。
けれども見えるかと聞いているのは、幽霊の類いの事ではない。
「色、見えるんじゃないですか?」
初対面の人に見抜かれたのは初めての事だった。
「どうして」
るいが困惑していると、その店員は嬉しそうにニッコリ笑った。
「やっぱり。普通はみんな、瓶の蓋をこうやって取って香りを嗅ぐんですよ。でも君はその瓶を光にかざしてじっと眺めていたから」
「それだけで?」
「実は僕の友人に、色が見える優秀な医者がいるんです。その人も、同じ瓶を同じように見ていたから、もしかしてと思って」
医者、と聞いて若干肌がヒリついた。
色が見える人は全人口の2%に満たない。圧倒的に数が少ないため、15歳を過ぎると名簿登録され、政府に管理される。
有事の時には盲導犬のような役割で、危険な現場への召集に応えなければならない。るいはこれまでにそのようなことはなかったが、親世代の時に大きな地震があり、見える人達が活躍したと聞いている。
強制ではないが、より視覚的な精度が必要とされる医療や運輸等に携わる現場へ優先的に割り当てられることも多い。
るいも政府から援助を受けて医科大で学んだが、どうしても血が無理で挫折し、実習の段階で逃げ出した職業だった。
その時に国から借りた、無駄になってしまった大学の授業料を、毎月少しづつ返済している。
「この瓶は、他のとは違うの?」
店員から質問され、香水ショップへ来ていることを思い出した。
色が見えることがバレて困るわけではないけれど、あれこれ質問されるのが面倒なので自分から言うことはない。
「いえ。あの。勝手に手に取ってすみません」
るいは、あまり関わらないようにと、瓶を棚へ戻し、頭を下げて立ち去ろうとした。
「あ、ちょっと待って」
店員がるいを呼び止めた。
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