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思い切り殴られたかのような痛みが頭の右側で起こりぐらぐらと意識が揺らぐ。それでも、手に汗を滲ませながら深呼吸をし、胸ポケットから小さな小瓶を取り出した。片手の指で器用に蓋を開け、不快な言葉で溢れる人ごみに向かって瓶の口を向けた。
そして、言葉を発さないよう口を動かす。
『皇英二』
人には聞こえない言葉が息だけとなって漏れる。
その瞬間『連絡遅くなってごめん、今駅に着いた』『ん、了解。マルイって喫茶店の近くだね。歩いて5分ならすぐ見つかりそうだな』『それじゃあまたあとで』と、とある男の声が耳に流れ込む。少し浮足立っているような、機嫌のよさそうな軽い口調だった。
「みつけた」
久利は瓶の蓋を閉め胸ポケットに直すと、ズボンのポケットの方に手を突っ込みスマホを取り出した。
「もしもし、久利ッス。声拾いました。間違いなく皇の兄さんはここに来てましたね」
『どこに向かってる?』
「こっから5分のとこです。マルイって喫茶店の近く」
『なら、家に向かったのは間違いないのか』
「みたいッスね」
『……おかしいな』
「おかしいッスね」
『すまんが、そこからもう一度依頼者の家に行ってくれ。声を拾いながらは可能か?』
「瓶に記憶したんでいけますよ。余裕ッス」
『よし、頼んだ』
「了解」
久利はそこで電話を切ると、スマホをポケットに押し込んだ。そして先ほどしまった瓶を取り出すと、左手に持ちシャカシャカと縦に軽く振りながら歩きだした。
――久利は、探偵という職業をしている。
今電話していたのは久利の上司だ。主に機械担当でGPSやネットログなど、電子機器関係で人を探すプロで久利が頼りにしているパートナーだ。
一方久利は上司とは違い現場で動く方の探偵で、特殊能力がある。
それが、”声拾い”。
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