声は空気に浸透するのだ

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 *** 「これが……つい先ほどポストで見つけた手紙です」  皇英二、久利、久利の上司、皇花音は花音の部屋で集まり、彼女が見つけた手紙を見た。 <あんな男とは別れろ、俺と結婚しろ。結婚しなければお前の男は排除する> 「この男って……俺の事っすかねぇ」 「みたいだね」  英二の言葉に久利が頷くと、英二は「俺殺される寸前だったのか……!」と身体を抱え震えた。 「花音ちゃん、すぐに探偵事務所(ウチ)に来たのは正解だったね」  上司はそう言うと、手紙をくしゃっと丸めた。 「さて……どうする、久利。この、殺人未遂の男に」 「そりゃあ、お仕置きが必要でショ」  間髪入れずに答えた久利は、依頼者である花音の方を向いた。 「復讐したいか、それとも、俺の好きにしていいか?」  不敵に笑う久利に、花音は迷う様に視線を下げ、英二を見、上司を見、再び久利を見た。 「……っ、他の人に迷惑かけないよう、やっちゃってください」  意を決したように言った言葉に、久利は口角を上げた。 「りょーかい。じゃ、好きなようにやらせてもらうヨン」  久利は早速花音の部屋を出ると下の部屋に向かった。いつの間にか歪に修理されている扉の前に立ち、大きな張り紙を貼った。  ”明日午前10時に、最寄り駅へ”  花音の可愛らしい手書きの文字だ。とはいえ、実際に書いたのは久利で、文字を真似ただけなのだが。 「……お楽しみに」  そう呟き、久利は人差し指を唇に添えた。  ――翌朝。  久利は、再び駅の改札前にいた。先日と同じように、同じ柱に身体を預けてもたれかかり、目の前の光景を見続けた。眼は閉じず、人が行きかうのを見続ける。時計を見ると、午前9時。久利は掌大の空の瓶を空けると、人ごみに向かって瓶の口を向ける。視界を歪ませ、瓶の上に右手を置く。 「さぁ、こい」  薄く笑い、手招きをする。すると、色んな声が久利の手招きによって拾われ瓶の中に入っていく。じめじめとまとわりつく湿気の様に久利の身体にまとわりつきながら瓶へと吸い込まれていく。  10分……20分……  耳が痛む。これほど声を聞き続けたのはいつぶりか。耳の奥で何かが切れてじわりと滲むのを感じた。まるで水の中にいるような気分になる音が久利を包む。それに交じり、不快感の化身のような黒い無数の手が久利の首元を這う感触がした。 「全部、入れ」  苦し紛れに発した久利の言葉に反応し、不快感の化身は瓶に入り込む。重みを感じて時計を見ると9時50分。そろそろか、と瓶の蓋を閉じた。瞬間、ずっしりとした鉛のような重みをもつ瓶。見遣れば、さっきまで空であったはずの瓶には触れるだけで身体を害しそうな色をした水が半分ほど溜まっていた。 「入れすぎたかも……ま、いっか」  ずっしりとした瓶を上げ下げしながら呟き、辺りを見回す。もういるだろう。久利は人ごみの中で聞き耳を立てた。 「花音さん、俺の花音さん、どこだ?」  声が聞こえた。  その方向を見ると、異様に目をギョロギョロさせた中年太りの男が異常な様子で辺りを見回していた。不審者としか思えない様子に他の人達は訝し気にその男を見ては、見ないふりをするように逃げていく。 (ああ、ちゃんと餌にかかってくれたな)  発見した男に、久利は笑顔の仮面を貼り付けて近寄った。 「君、高畑雄太(たかはたゆうた)さん?」  久利が声をかけると、男は驚いたような顔をしたが、すぐに不快感を露わにした表情となり「あ?」と威嚇するような声を上げた。 「これ、花音さんって人からのプレゼント。瓶を空けて覗いてね、だって」 「花音さんから!?」
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